夕刻の長椅子

お気に入りの喫茶店で午後を過ごす。来る前は疲れていたが、店を出た時に気持ちがスッキリする。そんな理想上の店みたいな空間が、いまここにある。それは、なんてすばらしいことなんだろう。私は、私を囲む環境に恵まれているほう、なのか? たぶんそうなのだと思う。私という存在があってこその環境、というのもある。

Carpe diem.

「今日を生きよ」。昔のひとは、いいことを言う。いや、後世に残った言葉は、いろいろな方面で解釈されているのであるから、「いいこと」なのは、必至なのだろう。ラテン語の格言集があれば、どこまでも生きていけるほど、不思議な自信が湧いてくる。それは、私にとってはかなり心強いことだ。

先のことばかり考えているひと、もしくは過去のことを思い出してばかりのひとに対しては、いつも「どうしていいか分からない」。いや、すごく励ましたいという気持ちはある。でも、格言を引いたり、どんなに自分が良いと思う言葉を見つけて伝えようとしたりしても、決して「励まされない」場合がある。真に苦しんでいるひとに、私はどう寄り添っていくかを、ここ数週間、かなり考えて生きた。そうだ。かなり、考えて生きたのだ。

セルフケアのことを考える。自身を治療することを考える。精神面では、私は自分を自分で管理することで、良い方向へ向かったと信じている。割り切れるようになった。心を縛り付けている考えを解くことができた、と思う。それはそれで素晴らしい成長なのだろう。家計簿を作ったり、一日の振り返りシートを作成したりすることによって、自分というものが少し見えてきたのだ。この記事を書いていること自体が、私にとって「ケア」となっている。

過去でもなく未来でもなく、いまを見据えて生きること。”Carpe Diem”、正確には、「(今日という)一日を摘み取れ」。足元に、もしかしたら四葉のクローバーがあるかもしれない。それに気づかずに、足で踏みつぶしていないかい。幸せは、そばにあるものだと気付くこと。それでいて激しく求めるものでもない。気付く、それだけでいいんだ。

自分に言い聞かせる意味でも、この記事を書いた。ラテン語の格言からは、いろいろと学ぶことが多い。これからも、生きるヒントがあると思って、ラテン語を学ぼうと思う。心を豊かにするために。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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