時代の波に乗るということ

時代に乗るとは、こういうことか。

どういった形でその世界に入ったのか、もう覚えてはいない。ただ当時の私は、知識を得ることがなにより生きることと直結していた。知ることは生きることだとさえ強く思っているから、私は知ることを求めたのだ。流行に乗るとは、案外心地の良いものだ。その昔、女子高生がルーズソックスを履いたり、たまごっちで遊んだりする光景を、私は流行という言葉で安易に想像してしまった。

正直に話そう。時代に乗ることを私は愚か者のすることだ、と悪いイメージを持っていた。だから、ルーズソックスやたまごっちのことを、下位に思っていた。「自分自身」を持ってないものがする行為、だと思っていた。だから当時の女子高生をも下位に思っていた。「周りに併せていればそれでいいや」としか思っていない連中のすること、だと。しかし、いまは、私自身が流行に乗ろうとしている。私もルーズソックスを履いたりたまごっちをプレイしたりするのか?私も「周りに併せていればそれでいいや」と考えているのか?

「その世界」について話そう。

ずばりと言うと、それは、AIや機械学習、深層学習のことだ。ひょんなところから私は「その世界」に入ってしまったのか、いや、もう悔いることはない。私は、MOSという資格のために、ここ2年ほどでMicrosoftおたくになるほどパソコンに熱中してきた。このブログの記事はWordで作っているし、Excelで家計簿や一言日記をつけている。さらにはPowerPointで、自分の知識を整理している。最近はOutlookがないと自己管理ができないほど強く依存している。

ひとつの言語がある。その名も「VBA」だ。その言語を知ったがゆえに、私は流行の波に乗ってしまった。いわば、波乗りピカチュウだ(偶然にも今日はポケモンスナップの配信日だ)。VBAは、Windowsアプリ…WordやExcelなどのソフトウェアアプリを制御するプログラミング言語だ。私は熱中した、その言語とはいかなるものか?私は語学も好きだ、だからコンピュータに命令する言語はいかなる文法でいかなる構文があるのか、知りたい欲が集ったのである。しかし、VBAはWindowsのもの、という縛りのような感覚があった。

ふたつめの言語がある。その名も「Python」だ。パイソン、と読むそのプログラミング言語は、WindowsだろうがMacだろうが、関係ない。しかも文法は簡易なものが多く、使いこなしがあると私は感じた。

そのPythonが、今や最も人気のあるプログラミング言語であるということに私はあまり注目していなかった。ただコードが簡易で読みやすいという点で一目置いていたのだ。そのPythonが、「AIや機械学習、深層学習について繋がりがあるみたいだ、なら私も…やってみようかな」という気持ちにさせたのだと思う。

流行に乗ることは癪だとは今は思わない。あるのは、いろいろなものに挑戦してみようという気持ちだ。とりあえず、やってみた結果だ。毎日に潤いをもたらしているのは、確実だった。時代に乗るとは、こういうことだ。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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