ペペロンチーノ

なぜ、怒りが湧いてくるよりも悲しみが堰を切ったようにやってくるか、私はいままで熟考することはなかった。それは私の心にある、いかなるものによるのだろう。それが分からぬままの調子では、進むにも進めないと思われる。ゆえに、このことは深く考えられるべきだろう。

イタリア語を学んでいた。ペペロンチーノとは、イタリア語で「とうがらし」の意らしい。スパゲッティは、スパゲット(「小さなひも」の意)の複数形だということも分かった。

「あら、素敵な発見があったわけね」と彼女は言う。小さなひも、がイタリア語でそうならば、では「超ひも理論」はイタリア語でなんと言うのだろう。きっとおいしそうな名前になるにちがいない。

学生時代は、よくそういう「小さなひも」たちを茹で、ペペロンチーノにして食べていた。とうがらしをそのまま食べてしまって、辛い思いもした。それでも、今思えば良い思い出だ。

彼女の名前は、ベアトリーチェといった。しつこいようだが、ベアトリーチェ、とはイタリア語で「大女優」という意味である。ベアトリーチェ、と聞いてひとは何を思うだろうか。ダンテの神曲をか?はたまた、うみねこのなく頃にをか? ベアトリーチェは語学のプロだった。

「まずは、あなたの好きなものをイタリア語にしていくから」と言って彼女は黒板にアルファベットを書き連ねた。「ファイナルファンタジー6のアレンジがあるでしょう? グランド・フィナーレね。多くのひとは、アリアをイタリア語で歌わせたことを感銘に思っているはず」。そのとおりだ、と私はうなった。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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