カウンセラーになるつもりはないけれど

11月も下旬となり、寒さが増してきている。私は気象予報士を目指しているはずだった。周囲はそのことを知っていて、天気のこれからを聞かれることが多いが、ほとんど答えられない。資料やデータを取り入れてないからだと思う。天気図や気象データがある程度用意できれば、今後の天気がどうなるか自信を持って言うことができる。
今日だって私の住む地域は雨が降ったが、多くのひとは驚いていた。そこでは「気象予報はあてにならない」とか「外れるものだ」とか言う輩がいたが、そういうことを言われるのはとても腹が立つ。気象予報がどういうものか、文字通り「頭に叩き込みたい」ぐらいだ。

気象予報士、FPの本を読んでいると、二つの資格は実生活に根差していることがよくわかる。それぞれ全く別の資格であろうが、私にとっては同じ、目指すべき「資格」である。

最近は心の療法に関する本も読んでいる。以前に半年かけて作ったプレゼンで発表した、「ナラティヴ・セラピー」についての本だ。メンタルケアの本を読むことは初めてではないが、しかしその本は難しく書かれていて、しかも訳した文章なので、文章が長く読むのに非常に疲れる。しかし私は、最後まで読み通そうとしている。

このブログで、ナラティヴ・セラピーについて紹介できないし、もとよりそこまでの専門家でもない。ただ本を読んでいて、時おり涙を流す箇所があった。それは、ナラティヴ・セラピーとして患者にセラピストが質問をする実例を挙げているところである。私も心の療法を受ける側だから、参考になる部分が多いのだ。「ああ、カウンセリングでこんなふうに話を聞いてくれたら涙してしまうだろう」という風に。

私にとって「語る」ことや「話を聞いてくれる」ことはすごく大事なことだと思っている。先日、一つのカウンセリングを終えたが、やはり話を聞いてもらって、スッキリしたものだ。話を聞いてくれるひと―が、そばにいないのではなく―を私は限ってしまうので、もっとオープンに話をしてみよう、という結論に至ったのである。

物語、ときいてそれは私の得意分野(だと私は思っている。)だから、もっと自分のことを語ろうと…本を読んで思った。将来ナラティヴ・セラピストになるひとに向けて書かれた本だが、ど素人の私が読んでも―うえでは難しい、と書いたが―理解できるところがある。本をもっと読み進めてみよう、そう思ったのだ。

「本に生かされている」。
私はそう感じる。読みたい本がある限り、そして、多くのことを知りたいと思う限り、私はどこまでも意識を飛ばせるから。探求の旅は、終わらないのだ。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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