もしもそれが夢ならば

実在とは何だろうか。
私は現実と夢の区別ができない。ここで「区別ができない」とは、現実と夢の境目が分からないのではなく、「現実」と「夢」とは何か、定義は何だろうか、と疑問に思うことがよくあるということである。

現実に起きているらしいことよりも、生々しい夢の方が現実と捉えられる場合が私にはある。何が現実で、何が夢なのか?結局境目が分からないのではないか、と詰め寄られそうだ。

ガラス張りの塔に住んでいたことの話だ。私は最近よく見る夢の風景には、そこで住んでいた頃のことがよく出る。そこは音がしない、かなり遮蔽された世界があった。私は独りであったが、静かな生活を送ることができてかなり幸せだったように思う。あの頃に見た「夢」というのは、「現実」だったのではないのかと思う。

一方で、不幸な夢も見る。無限回廊の夢だ。自分のしている行動・置かれた状況が無限ループになって、いつまでも起きられない、夢から覚めることはできない。現実で例えるなら、歯磨きだ。歯磨きで繰り返し磨いていた箇所から他の箇所へ移れない時がある。これは「無限回廊」への入り口である。ようするに、Pythonの言語で言うなら頭のなかで、

While True:
(作業内容)

があるのだ。
無限回廊から脱出するには、上のPythonの言語で言うなら、breakするには、「思考の鍵」というアイテムが必要だ。その鍵があれば、夢のなかから抜け出すことができる。

なんとも恐ろしい話だ。夢から覚めることができないなんて。私はかつて無限回廊から起きられずに、眠ったままの日々が続いたことがあった。本当の話だ、決して怪しんではいけない。

それとは裏腹に、「現実」と呼ばれる世界で起きることは…、また理解のできないことはいくつかある。遠い国で起きている戦争、国内ではあるが遠い地の天気。テレビニュースで報道されていることは真実なのかと疑ってしまう。私のなかでは、夢の方が現実で、現実の方が夢のようである。

物理学と夢がどうして関係しあうのか。夢というよりも、「実在するということはどういうことか」についての議論である。例えば現実で「経験する」というのはどういうことなのか? 私は答えることができない。やはり現実と夢の区別ができないらしい。困ったものさ。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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