たとえば、物理学者が恋をする

「よく塾考して、事を進めねばならぬ」
最近よく思うようになった言葉だ。数学の本はかったるいし、物理の本は想像ができない。Pythonはコードを書けなくてただ時間が過ぎるのみ。私はスランプに陥りつつあった。「なぜだろう?」真っ先に考えるのがこういう疑問である。こういう疑問を持てるのならまだ大丈夫だということだろうか。いや、それにしても最近は私は何もできていない。そのことばかり気になってさらに何もできない。悪循環である。

私の心が、私ではないひと、あるいは物と相互作用し、心拍数が増えることを考えてみよう(なぜ私はこのような仮定をするのだろうか? そもそも外部と相互作用することと心拍数が増えることは何か相関があるのだろうか? また、心とが相互作用するとはどういうことだろう? それは”大”シュレーディンガー方程式で記述されるのか?)。その増えた心拍数の度合いを、何か心電図のようなもので測り、記録しよう。心拍数の増減の様子は、波形で表されるだろう。その波形について、フーリエ解析を行なう。パワースペクトルを計算できる。どのようなひと・もので、いくらの波数が卓越するのか、調べられるかもしれない。例えば、このような私が恋に落ちた瞬間を捕えられたら、どのように心拍数が変化するのだろう?

さきほど、ファインマン物理学(力学)を読んでいたが、ジャイロスコープの箇所の議論についていくことができなかった。それは単に私がジャイロスコープについて、あまり知識がなかったからかもしれない。

しかし私はゲームプログラミング中に見た。

xy平面で回転する棒が、立ち上がってz軸のごとくなるのを!
(右手系、3次元のカルテシアン座標のxyz)これは、回転する物体に関して、私が未だ無知であることを示唆するものである。この一つの現象を調べるため、回転について細かく学んでおく必要があるだろう。「立ち上がる棒問題」と名付けることにしよう。

心拍数の問題も立ち上がる棒問題も、どちらも興味のある問題だ。私は…スランプから抜け出しつつあるのかもしれない。ブログを書き始めた頃は、スランプのためかもしれない。しかし、書き終わる頃には盛り上がっている。

こういうものかもしれない、私という人間は。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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