四、黒川千
「それでは講義を始めよう。
諸君は、ステュクスの沼、という場所を知っているかね。我々日本人には、非常に発音しにくい固有名詞だ。ステュクス、ステュクス。パソコンやスマートフォンで打つ時も、非常に厄介な単語だ。ローマ字入力の初心者も、上級者も、この固有名詞を一度見たときには、厄介だと思うだろう。初心者は『テュ』に当たる母音と子音の組み合わせがないと嘆く。その組み合わせは、カナとローマ字の変換表を見ても存在しない。上級者は『テュ』を三つ以内のアルファベット…母音と子音の組み合わせをみつけようとする。
しかし時代も変わって、今では固有名詞が簡単に変換の候補に現れるみたいだ。つづり、発音が特徴的な固有名詞だけに、ということか。便利な世の中になった、と言えば月並みだが、私はそういう世の中になって非常に嘆かわしいと感じている。
ビャークネスという学者をご存知かね。我々日本人には、これまた発音しにくい固有名詞だ。固有名詞ゆえに簡単に変換候補に現れる言葉かと言えば、そうではない。しかしビャークネスというのはステュクスよりはローマ字入力はしやすいほうだ。『ビャ』が三つ以内のアルファベットで表せられるから。
海外の言葉を見たときに、まあ大抵は『横文字』だが、我々日本人はカタカナで表記してきた。その試みは非常に面白い。分からないものを、自分たちの分かるものに置き換えて表すことは大事だ。中学の数学で、方程式の立て方を学んだだろう。まず、分からないものを『x』とおく処方のことだ。xという文字自体は、おおよそのひとは書ける。しかし、その中身は知らない。知るために、立てた方程式を解くのだ。
では、『天気とラ・リ・ル・レ・ロ』の話をしよう。
ラリルレロをまずアルファベットで書く。これは簡単だ。母音と子音ひとつずつの組み合わせで表現できるから。『Ra・Ri・Ru・Re・Ro』だ。それが天気とどう関りがあるのか、今までの話は何だったのかという声が聞こえてきそうだ。しかし、私はそれでも話を続ける。この文字列には、特別な意味がある。それを書き下すと、以下のようになる。レイリー卿(Ra)、リチャードソン(Ri)、一つ飛ばして、レイノルズ(Re)、ロスビー(Ro)。
四つともひとの名前だ。四人とも、あるひとつの学問において非常に重要な功績を残した。その学問とは、『流体力学』だ。私はこの四人の名前を列挙しただけで涙が溢れる。溢れるのだ。
空が青く夕焼けが赤く見える謎を解いたレイリー。
人類史上初めて計算で天気予報を試みたリチャードソン。
乱れゆく流れの目安について知見を新たに見出したレイノルズ。
地球規模の大気波動を説明することを可能にしたロスビー。
彼らの名前に『数』をつけた無次元量がある。レイリー数、リチャードソン数…といった風にだ。
特に私は…、リチャードソンの行動に胸を打たれる。彼のことをよく知れば、天気予報を、こころして見て聞くことになろう」
アコーディオンの響きが確かに聞こえる。この曲は知っている。隼人はそう思った。学生だった頃に、どこかで聞いた…曲だ。アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロワ…。このメロディは、どこかで聞いた。誰かがアコーディオンを奏でているのだ。それは一体誰だ? それは、湊川真衣だった。湊川真衣。隼人の10年来の文通相手で、いまは海外文学翻訳の仕事と巫女をしている。男性・女性・中性と付き合っている女性だ。
夏の日のワルツ。覚えているかしら。
当時のあなたは、すごく無口だった。
講義の前の時間に、少し口を開けばいいのにとどんなに思ったことか。わずかに、あなたが話した時のことを思い出す。講義の最初に、おすすめのラテン語解説ウェブサイトを紹介してきてくれた時と、ドラクロワの動物画をおみやげにくれたとき。
私がラテン語の発音とフランス語の発音を間違ってしまって教授に注意されたときに、あなたはなにも表情を変えずにいたことをはっきりと覚えているわ。その講義のあと、手紙をくれたことも。
真衣は、在学中、ギター演奏サークルに所属していた。隼人はそのことを知ったとき、心なしか驚いた。あの湊川さんが、ギターを、と。当時の隼人はアコースティックとエレキの区別ができなかった。隼人は一瞬、ライブ会場でギターを激しく演奏する真衣のことを思い浮かべた。数人のリスナーのなかで、叫ぶ真衣。
「みなさーん、今日は私のために集まってくれて、どうもありがとう!」
歌う曲のリストはどんな風になっているだろう。隼人はだんだん想像が面白くなっていった。ライブのポスターはどうなっているか、会場はどういうところなのか。物販コーナーがあるとしたら、何が売られているか。客の年齢層はどうなっているのか。ライブは何時間行われるのか、入場料はいくらか。想像、シミュレーションは楽しいものだ。想像は、隼人の生きる糧だった。
もっとも、現在の隼人には、そういうことは叶わないが。彼は想像する能力を欠いているのだ。
<SI VALES, BENE EST>
手紙にはそう書き始められていた。
「仮定の話は面白いです。僕らは、ようやくラテン語の接続法を学び始めました。英語で言うと仮定法に当たる文法だと教授は言っていましたね。それで調べたら、実に奥深い話になりました。あのサイトは閲覧しましたか? 単語解説と、どの時代のものかという逸話が面白いですよね。接続法は、他のヨーロッパ諸語にもありますが、元をたどればラテン語にいきつくだなんて、僕らは素敵な言語を学んでいると思います。
それはそうと、教授にいろいろ言われて落ち込んではいないですか? もし湊川さんがお元気であったら、それはいいことです。
講義の最終日に、バーでも行きませんか。いわゆる、打ち上げです。僕らは同じ年の生まれで、同じ時間を共有しています。同じ学友として、なにか記念碑的なことをしたいのです。碑文に刻まれるくらい、とまではいきませんが」
これを読んだ時の私の感情が、もしあなたに伝わっていたら、互いに赤面してしまっただろうに。
接続法には、相手に対する期待や、願いがこめられているもの。あることを淡々と述べる直説法よりは、難解だけどとても好き。
「小説に説明はいらない。ただそこにあるものを熱心に読み解くことを、私は学生に教えてきた。その『そこにあるもの』とは、レオナルドダヴィンチの絵画『水の運動』でも、ナヴィエ・ストークス方程式でも、または水そのものでも、よい。表現方法は違えど、これらは全て水という流体を表現している。説明という行為をするのは、誰もしなくてもよい。ただ、『そこにあるもの』を、熱心に、丁寧に解釈しようとすること。これは大事な行為だ。付属的な説明ではない。自ら行う解釈によって、自分自身の世界を広めてゆくんだ。これは素晴らしいことだ。その解釈の方法は実に多くあるものだ。先に挙げた例では、同じ『水』というものを、絵画、数式、またはそのものを自身の目で穴が開くほど見つめよ、ということ。それが自然への解釈であり、世界への解釈でもある。
小説も、『解釈』のひとつだ。もちろん音楽も『解釈』のひとつだ。私たちの世界―と言ってしまえば簡単に聞こえるかもしれないが、しかし―私たちは、今まさに知覚している『私たちの世界』をどう解釈するかによって生き方が変わるのだと私は強く信じている」
その日、真木が経営するカフェ「リュート」に、見知らぬ客がひとりやってきた。いや、「見知らぬ」という形容詞はいらないのかもしれない。真木はどんな客にも笑顔と美しい声で挨拶をするし、客のほうも温かく迎えるから。決して、「新顔がやってきたぜ」というようにあしらうのではない。だから「見知らぬ」客ではなく、「見知った客のような」、「実家に久しぶりに帰ってきた家族のような」という、長くはあるが温かみのある形容詞で修飾された方が良い。形容詞が長くなるのを嫌うのならば、仕方がない、「壮年の男性」客、と呼ぶことにしよう。
壮年の男性は、ウッドフレームの眼鏡をかけていた。茶色のジャンパーに、紺のスラックスを着ていた。髪はすこし長めで耳が隠れる程度だった。手には装丁の美しい本があった。本好きの真木は、一瞬でその本は専門書なのだろうと予想した。
壮年の男性は店内の内装を軽く見まわし、一番奥の席に座った。
「やあ、ずいぶんと落ち着けるカフェだね」真木は返した。
「ありがとうございます。店に来て下さる方は、皆そう言ってくださるんです」
コップ一杯の水とメニュー表をその壮年の男性の席まで持っていく。
「ああ、どうもどうも。今度、妻と一緒に来てみたいですね」そう言って、壮年の男性はメニュー表を広げた。
~カフェ・リュート~
Menu
季節のコーヒーが入荷しました!
トーガ
当店のオリジナルブレンドです
アッティカ
落ち着きたいときはどうぞ
アマーレ
濃い味にも少し甘くできます
アエスタス
夏の季節のコーヒーです
ファビュラ
飲み終わる頃にはすっきりできます
*各種お申し込み*
お手紙代行はお申し付けください
「あの…すみませんね、この『お手紙代行』というのはなんですか?」
壮年の男性が尋ねたことは、実に多くのひともそうした。真木は答えた。
「はい、ここでは手紙の受付も行なっています」
「手紙の受付? ああ、不思議なことはよくあるものです。要するに、郵便局がこのお店にはあるわけですね」壮年の男性は、思ったことをすぐに述べた。
「いいえ、いわゆる郵便屋さんとは違った種類の手紙の配達とお預かりをさせてもらっているのですよ」真木は、丁寧に返した。
「違った種類…ですか。もう少し詳しく聞かせてもらえないですかね。というのも、いま私は送れるものならすぐに送りたい手紙があるのです。それで、もし良かったらここで送ってもらえないかと。もちろん私は、マスターさんに教えてもらうまでここの手紙のことは知らず、コーヒーを飲みたくてここに来ただけです」
壮年の男性は、手帳のようなものを開き、しばらくページをめくっていた。おそらくは、住所録を見ているのだろう。真木は、ゆっくりとした口調で返した。
「この『リュート』では、とにかく遠いところとを結ぶ手紙を保管しています。遠いところとと申しますのは、場所としての『遠い』を意味するだけでなく、時間・心の遠いところも含みます。例えを申し上げるならば、日本とブラジルです。少年時代と青年時代です。生者と死者です。地球上では、日本の反対側にあるのがブラジルです。少年は育つにつれ、心を失い、動物と化します。生きるものは長い時を過ごした後、必ず死に、『あちらの世界』に行きます」
壮年の男性は、すかさず思ったことをすぐに述べた。
「ちょっと待ってください。要するに、地球規模の遠い距離を結ぶのは充分『遠い』かもしれません。けれども、全ての少年が動物に化すわけではないし、動物に化す少女もいます。あちらの世界、というのは要するに『あの世』のことですね」
壮年の男性は「要するに」を多用した。それにしても、初めて来る客にしてはずいぶんしゃべる客だ。真衣も認めた「無口な」隼人とは大違いだ。その点では、この男性客と隼人のしゃべり具合は『遠いところ』に位置していることだろう。
「はい、その通りです」真木は返した。
「試しに、お手紙を送ってみますか? 初めての方は、無料なんです」
壮年の男性は、驚いた。こんなにとんとん拍子にことが進むとは思わなかった。
「まずは宛名を書いて、題名を書いて、それから差出人のお客様のお名前をご記入ください。この辺は、普通の手紙と同じです」
壮年の男性は、ゆっくりと懐から筆を出し、ゆっくりと字を書いた。
宛名:ニノベキ教授
題名:思い出が凍結することについて
差出人:黒川 千
「ニノベキ君、私の声が聞こえるかね。君が高峰で露となったことを、多くのひとが耳を傷めるように覚えている。私も、その『多くのひと』のうちのひとりだ。君がなした行為は、誰も否定はしない。ただ、雪山での生活は、困難を極めたであろう。雪山での孤独に勝った、とひとびとは君をたたえている。
ニノベキ君、ニノベキ君。私の講義を覚えてくれているかね。『夏の日のワルツ』を覚えていたら、教師冥利に尽きるというものだ。当時の講義では、君がエレガントにあの方程式を解いたときのことを覚えている。君は、文字の書き方が非常に丁寧だったな。
私は時々、君は高峰への行程はどのように計画したのか、考える時がある。もちろん我々は物理学の徒であり、複雑な現象をシンプルな法則・定理を用いて解析することにひたすら時間と労力を注ぐ。それゆえに、君はなぜ高峰に向かったのか、気にかかるわけだ」
黒川の手紙は、まだ続いていた。手紙には、ところどころにアルファベットの筆記体が書かれてあった。
「ニノベキ君。君の専攻は、言語物理学だったな。ひとは誰も君のなしたことを知らない。言語物理学という学問は聞いたことがない。君が作った学問のようなものだと私は思っている。学問の細分化は時代の風潮なのか、私にはついていけぬ話題だ。しかし、君はそういう、なにか物理学に革新をもたらすことが夢だといつの日か語っていたな。その姿からは、私も多くのことを学んだよ。
南のセディーユと北のウムラウトのことを、覚えている。かの学徒は非常に賢明だったと思う。君の熱心な学生だった。そのことは、よく覚えている。セディーユは賢いひとだった。ウムラウトは、口数が少なかったが真面目に黒板と対面していたな。イグレとファイのことも懐かしい。彼らもまた、素晴らしい学生だった。絵の解釈には二人をを抜きんでる者はいなかったな。
言語物理学の話に戻ろうか。
この手紙は、いつも私と共にあった。いつか、この手紙は、いつも君と共になるだろう。もし君が元気であったら、それはいいことだ。いつかまた、黒板で会話しようじゃないか。
私は理論屋でもなければ、実験屋でもない。学生の教育に熱心を注いでわかったことは、わたしはなにも知らなかった、ということだ。知らなかった、そう、過去形だ。ニノベキ君、君はいつか語っていたね。文末に動詞の過去形をもってくることで、時間の流れが示せるということを。当たり前のことかもしれないが、当たり前すぎて君のように深く考えるひとがいないくらいだ。だが君はこうも言っていた。ものの動きには時間的変化がある。我々物理学者が好む『時間・空間が変わっても変わらない量』…すなわち『保存量』は…まるで、国、時代が変わっても変わらず語り継がれる諺・金言のようなものだと。
君のレポートを読むのが好きだった。私は一時的にではあれ、君の先生だったことが嬉しい。誇らしいよ」
「私は、かつての君の学生だったひとを探している」
手紙はそう続けられていた。
「叡智バー、という酒場で知り合ったという学生だ。彼は我々の大学に物理学科生として入学した。数学も物理も、どちらもなかなかできた学生だ。ただ彼は、ある時期から成績をよく落とすようになっていた。非常に気がかりなことだった。ディジタル回路の作成で、彼は必ず最後の番になるほど手が遅く、実験のことも全く理解していなかったようだ。
そんな彼が、どうしたと思う? 専攻である物理の講義に出ず、人文学部の講義に出ていることが分かった。それも、西洋古典学…の講義にさ。成績表からは、ラテン語の講義に出ていたことが分かった。なぜ、畑違いに手を出したのか分からない。これはあとで聞いた話だが、人間関係がギクシャクしていたらしい。身内とアルバイトとプライベートで、不幸があったとも聞いた。
それ以前の、彼を知る君には…彼に線形代数を教えていた君なら、彼のことを多く知っているかもしれない。もともと我々は教師と学生だ。なにか手掛かりになりそうなことを知っていないかと思ったんだ。三方向から一気にパンチが来たんだ。20歳を過ぎたばかりの彼にとっては、大きな、非常に大きな打撃であったんだろう。それでも、大学を中退せずにいたことは偉かったと思う。その翌年、フランスへ語学研修に三週間だけ行ったことが分かっている。よく行けたものだ。
大学を退官してから、私はなんだか心に穴ができたようでね。私の周りには、常に学生の笑顔があった。そして学問への喜びをたびたびレポートで拝読するときは私は喜んだものだよ。果たして君は、蛍を見に行った夏のことを覚えているだろうか。周期的な光信号を目に刻み、我々は現象のモデル化に努めてきた。
書き始めの頃は、言葉が湧くように出てくるものだが、書き終わりにかけては言葉が出ないものだと私は知ったよ。まるで人生のようだ、と思う。
研究から教育に変わって、私の人生は一変した。
それまでは、ただ目の前にあるもの、それだけを見て感じていきてきたように思う。しかしその後は、自分がいかに目の前のものしか見ていなかったことに気付いた。学生の話を聴いて、私は初めて、自分が何も知らなかったことを知ったのだ。
それからというもの、私の興味は同期現象や非線形物理ではなく『ひとの心の動き』になった。ニノベキ君。私は、君が高峰で露となった知らせを聞いて、どれほどの絶望感を感じたことか。
君の学生を、なぜ探しているのかは、なぜ気にかけるかは、トリヴィアルなことだろう? 君が私の学生であって、彼が君の学生であるということは、彼は私の学生でもあるということだからさ」