「ブルームーンの下で」、序章~ある者による独白

『彼は、唐突に声を失った。

原因は今のところ分からない。

ただ、彼はひとつの強い意志を心に

抱いていた。

その意志は、声にこそ出せなかった。

しかしひとびとは彼の主張に畏怖した。

彼の弁論術、行動学は、とても力強く、

そして、評価されなかった…。

気高き意志をもつ者は、環境によって

不当な扱いを受けることがある。

彼がその一例だった。当時の社会は、

動乱の時期にあり、混沌としていたのだ。

彼が生きた時代は、残念ながら対応は良くなく、

真実の意味すらも見出されなかった。

ただただ時のもくずとなって人類の歴史に

刻みこまれることはなかったのである。

彼の功績が語り継がれるようになったのは、

数世紀程の時間を要したという。

まるで、死後にノーベル賞を受けても

申し分のない、近代以前の科学者のように。

彼の名は、ラム・サルーインといった。

真実を探求する力と自身が提唱したものは、

新世紀の人類にとって重宝された。

彼には先見の才があったのだ。

しかし失声するほどの病に侵されたラムは、

自身のことをのどなしと呼んでいたという。

それは、当時にひとびとが作った話なのか、

それとも本当に自身のことを皮肉したのか?

私が持っている、かの著書―――、

【コスモポリタン】

は、いまを生きるための処世術になっている。

相応の価値は、充分すぎるほど。

私には、その本を読み解く義務があった。

のどなしの彼にできたことは、言葉を用いずに

相手の心を汲めることであった。

私はそんな彼を非常に尊敬している。

“【コスモポリタン】は、数世紀経っても

色あせない、未来を生きる上での伴侶である”

こう評したのは、正しくいまの科学者であり、

そして現代社会のひとびとであった』

バリナ・ビーチを口に含む。その夜、

私は【コスモポリタン】を朗読しようとしていた。

“もう一度、彼の声を聴きたい”

そう思わずにはいられない。

失声症の彼は、一体どのような人生を

送ったのだろう?彼方のひとになった

彼を思うに、不遇のハンディを抱えることを

想像してみる。

さぁ、今から語りましょう。

市井の、そして後の世の民にのみ好評を呼ぶ、

愛しき気象学者こそ―――

ラム・サルーインの半生を。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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