心には、古い塔が建っている。
昔からある、馴染み深い、愛しい場所。塔に来れば、心のすべてを見渡すことができる。
いま、わたしはなにを考えているのか。
なににつまづいているのか。
なにに苦しみ、誰にも悩みを打ち明けられずにいるのか。
なにを恐れているのか。
なにに迷っているのか。
この古い塔に来れば、それらがはっきりして気持ちが良かった。うれしい時、たのしい時、そんな時にもわたしは古い塔へやってきた。わたしが確かに感じているものを、しっかりと確かめるために。いま、わたしは思っているんだ。生きているんだ。
塔のてっぺんでは、強い風が吹いている。心に風が吹いている。とても強く、しっかりとした、ぶれない風だ。わたしは時々おもう、
「塔はいつから建っているのだろう。風で倒れないのかしら」
わたしは、塔の頑丈さを調べる。それは、わたしの心のことを知ることだった。
おひさまが天高くのぼっている。額を汗がつたう。その日は夏至に近い日だった。天文学的なことはさっぱりわからない。だから夏至がなにを意味するのか、わたしには説明できない。ただ、一年のうちで一番暑い日だと認識しているだけだ。その認識は間違っているかもしれないけれど、それでいままで通じて生きてきた。
天文学的なこととは、そんなことなのかもしれない。
古い塔から観察できることは、風の強さ、おひさまのことだけではなかった。塔のてっぺんまでのぼる途中のことだ。塔の階段が、らせんのように続くが、壁に絵が描かれている。つぼを持った婦人、寝転ぶ子ども、高価そうな椅子に座る男たち。わたしは塔をのぼるたびにこの壁画を見ては思いを馳せる。心のなかの博物館だ。
古い塔には、自然的で考古学的なことがあちこちに見てとれる。だけど、自分の心のなかにそういったことがあるのは、驚いてしまう。いままでにわたし自身が経験していないもの、見聞きしていないものが詰まっているのですもの。
だって、そうでしょう?
心には、白と黒の世界がありますもの。おかしい話だわ。
壁画がなにを語っているのか、強い風はどこからきているのか、調べよう。わたしは、次の日も、そのまた次の日も、古い塔へ通うことにした。わたしのことを、真に知ろうと思った。