ガラスは、いつまでも輝くことはない。同じように、夜は、いつまでも孤独であることを強いることはない。私たちとその周りは、絶えず変化していて、立ち止まることはない。「いつまでも」なんて、ないのだ。いま享受している幸福も、身に降りかかる不幸も。「いつまでも」なんて、ないのだ。「だから、希望を持ちなさい」。あのひとはそう言った。揺蕩う炎のように。私たちは生きているのだ。
ガラス張りの塔に住んでいた頃のことを話そう。ガラス張りと言っても、きらきらと輝くような、そんなイメージではない。むしろ、割れやすいガラスに支えられた塔に、私は、住んでいたのだ。空には、満月。ガラスは、月の光を跳ねていて、あやしくにぶく光っている。きらきらなんて言葉はやっぱり似合わない。当時の私は、その塔に属し、モノトーンな生活を送っていた。私は、ガラスづくりの後、毎日のようにコンピュータ制御室に通っていた。ガラスづくりは、楽しいと感じる仕事だった。最初こそは恐怖だった。ガラスのイメージが悪いものばかりで塗り替えられる。幼いころに見たダイ・ハードでは、マクレーン刑事がガラスで散りばめられた床を走ったシーンを思い出し、身がぶるぶると震えていたものだ。「ガラスは壊れる、脆い、傷つける」。そういうイメージだった。
ガスバーナーで、ガラスを熱する。すると熱されたガラスは橙色に輝き、くにゃっと滑らかに曲がり、そしてぷつんと切れる。そんなガラスの振る舞いに私は魅せられたのだ。いままでのイメージを一新させる。職人は、その「滑らかに曲がり」をうまくコントロールする。私は、職人たちの技を間近で見て、憧れた。いつしか私は、ガラス製作所で働くようになった。
帰りは、コンピュータ制御室へ向かう。自分を制御するために、だ。コンピュータに、私自身の情報を入力する。その日のことを記録し、コンピュータにシミュレーションさせるのだ。
私は独りだった。だから、ガラス作りに没頭する毎日を誰かに語ることはなかった。仕事の結果を入力するのはコンピュータだけだった、だから誰も私のことは知らない。知らないのだ。寂しさを感じることもない。ガラス作りの友もいなかった。職人たちとのコミュニケーションもなかった。私はガラス張りの塔へ帰り、静かに眠った。
排水溝の夢を見た。ひとが入れるくらいの大きな排水溝が、いくつもつながっていた。私は、排水溝のなかを歩いていた。なかは、暗く、肌寒く、じめじめしていた。歩いていて、良い気持ちにはなれない。もう五時間くらい歩いただろうか。どこかで水の流れる音がした。流れる音が、次第に大きくなってくる。まさかこっちに水が流れ込んでくるのか。私はそう思った。数分後、その通りになった。大量の水が、流れてきたのだ。いや、「押し寄せてきた」。私はなすすべもなく、冷たい水に流され、排水溝のなかで息とも言えない息を繰り返した。呼吸がつまる。息継ぎができない。肺に大量の水が流れ込む。そうして、私は夢のなかで死んだ。
後味の悪い夢だった。しかし、そういう夢を見たこと、夢の結末を語れる相手はいなかった。私は独りなのだ。私は真夜中にガラス張りの塔を後にし、公園のブランコに身をゆだねることにした。
「キィコ、キィコ。すべてのものは流れる。決してひとつの場所にとどまりやしない。あたしだってそうさ。摩擦と抵抗がなければいつまでもあんたを揺らしていられる」。公園で謎の声がした。
「キィコ、キィコ。定常状態なんてありはしない。いつもそばに誰かいる人は、果たして幸福か。いつもそばに誰もいない人は、果たして不幸か。幸せは、自分で決めなさい、ガラス張りのおかた」。ブランコから声は聞こえた。「世に望みを持てないあなた。いつまでもなんてない、良きも悪きも、絶えず変化している。だから、希望を持ちなさい」。
翌朝、ガラス張りの塔は、粉々に砕けてあった。私の心を、誰かが壊したのだ。それはガラス職人か、コンピュータか、はたまた排水溝、ブランコかの仕業かもしれない。こうして、私は、新しい世界へ、旅だった。