その名は、「ウェル」という名の青年でした。
彼はどこからともなく現れます。アテーナイの街にやって来たウェルは、住民の願いで道をふさぐ岩を破壊する仕事に就きました。岩を破壊する、と言っても、掘削機で岩を削るようなことはしません。彼には、ものの物質泉が見えるのです。彼は言います。
「私には、事物を構成する物質泉が見えるのです。壊すのも生み出すのも自由にできます。生まれた時から、そういうものが見える眼を持っていました」
住民は、最初彼の言葉に戸惑いました。物質泉、という聞きなれない言葉に気が留まったためでしょう。住民は、いかがわしい者ではないかと疑惑を持つようになりました。ある者はウェルを執拗に疑い、またある者は見慣れない異邦のウェルを気味悪がります。「壊すのも生み出すのも自由にできます」。彼の言葉には、信憑性がありません。アテーナイの長老がウェルに話を持ちかけました。長老は言いました。
「異邦の者よ。民をみだらに混乱させるでない。おまえはいずこともなくやって来た。この街では旅人は歓迎されるが、狂言やホラを吹くのは許され得ぬこと。民が畏れる力を行使したくば、まずこの私にその力を見せよ。物質泉、とやらを見せよ、確かめさせよ、あらわにしてみせよ」
その言葉を受けたウェルは、虚空に手をかざし、斜め下に手をふり切りました。
「ただいまから、冬の後、夏の前の季節が到来し、ずっと続きます。街は活気に溢れ、興隆することでしょう」
四方八方を険しい山脈に囲まれたアテーナイは、夏と冬しかありませんでした。ところがどうしたことでしょう。アテーナイに冬の後、夏の前の季節が訪れたのです。
その名は、「ウェル」という名の季節でした。