いま、日本海は走っていないけれど。隼人の心のなかでは、富山湾と函館湾をいつでも往復することができる。大学生だった頃を、たまに思い出す。つらい思い出も確かにある。そんな時に隼人はよくアエネーイスの一節を好んで引いたものだった。
「でもくじけてはいけない。くよくよしても始まらない。こんなことはいつか楽しい思い出になってしまうさ」
第一歌の始めのワンシーン、アエネーアースの言葉だ。故郷トロイアでの戦に敗れ、落ち武者となったアエネーアースが妻、父、息子、そして同胞と共にイタリアを目指して航海する際に仲間に呼びかけるこの言葉は、まさに今の隼人に重なるものがあった。隼人は、富山湾で沈んだのだった。
ニノベキの訃報を聞いたのは、その叡知バーでの次の日の地球科学の講義の時だった。同じ講義を受けていた数学科の友人が、ニノベキのことを教えてくれたのだった。ここのところ風雪が強く、絶え間もなく富山県に寒気が居座っていた。
隼人は思った、なぜそんなときに限って教授が、と。あんなに覚悟することを強調していた教授が、とも思った。
なぜひとは山に登るか、それはそこに山があるからだ、というお決まりの問答があることは隼人自身よく知っていた。しかし、隼人は反論を出さずにはいられなかった。同じ問答を、違う場所について言い換えてみる。そうして矛盾が少しでもあれば、その矛盾点について考えてみる。
「なぜひとは海で泳ぐのか、それはそこに海があるからだ。
なぜひとは空を飛ぶのか、それはそこに空があるからだ。
なぜひとは宇宙へ行くのか、それはそこに宇宙があるからだ。
なぜひとは・・・」
隼人は、地球科学の講義中に疑問をひたすらノートに書きなぐった。書きなぐっているうちに、涙が出てきた。手が震えてきた。
例えば、「そこに海がある」ということは、どういうことなんだ? 存在するから、それを征服したいということか? それがひとの目標に成り得るということなのか。
「ふるさとに湾があるということは、とてもいいことです」
そのカフェのマストレスは隼人にそう言う。
「例えば、このカフェは海のすぐそばに建っていますが、台風が来たら確かに危ないです。でも、窓がきれいになるからいいんです。ほら、見てください。函館湾、今日もきれいです」
「津波が来たらどうするんですか」隼人の声はやや冷ややかだった。
「その時は、その時です」 隼人は、その言葉が決して楽観的な意味だけではないことをなんとなく察知していた。