二、音楽祭
さあ、ジゼルにテレーゼ。出番だよ。
隼人の書く小説によく登場する二人の女性の名前。函館湾を一望するカフェのマストレスは言った。
「隼人さんの書く話に出てくるひとの名前は、みなお洒落ですよね。小説が出来上がったら、最初に読ませて下さい」
マストレスは、隼人のために音楽祭を開いた。それも酸味の効いた、コクのある音楽祭だ。どれだけのひとが集まるのか、どれくらい盛り上がるのか。そういうことは一切考えない。ただ、彼の奏でる音楽が聴きたかったからだ。ジゼルとテレーゼのことを、知りたかったからだ。
音楽祭のことが決まった夜、隼人の心のなかで前奏が始まっていた。
「ああ、詩歌の女神ムーサ様。どうすれば心のことが見渡せるのか、わたしにはわかりません。わたしはいつもひとの輪のなかにいました、ですからわたしはひとりになったとき、自分のことについて、深く考えることはできませんでした。難しいことだったのです。心のことについてはとても興味がありますが、いざひとりではなにもできないのです」
心はぶるぶると震え出し、がたがたときしみだした。
「ほら、わたしはいつもこうやって震えてばかり。ひとりでは何もできない」
ムーサはミューズ、ミューズはミュージック。歌は、かくして後代へ語り継がれる。あなたのしている行為は、「つくる」ということ。「つくる」ことによって、歴史は途絶えずに来ることができました。ですから、おのがなす行為に、もっと誇りを持ちなさい。進みなさい。立ち止まってはいけません。
隼人は耳を澄ませた。
浜辺に行き着いた波の音を聞いた。
ザザ・・・ ザ・・・ ザザザ・・・
「ああ、これは。ふるさとを包む湾からの、『おくりもの』だ。音楽だ。
わたしはひとりだ、なにもできない、しかし感じることはできる。こうやって風と水の賜物を感じることができる。それはなんて素晴らしいことなのだろう。この感性だけは大事にしていこう。書いていこう。
さあ、ジゼルにテレーゼ。出番だよ」