冬の後、夏の前に。ウェルという季節に、雨が降った。
先々週に、リリィという女性と会った時のことだ。私は店に傘を置き忘れた。このことは一体何を意味するのだろう。あまり深く考えない方が良いようだが、私はものごとを深く考える職業に就いているので、自動的にそういう行動に出てしまう。
「リリィさんという女性は、きっとあなたにとって大切なかたなのですね」
Y氏は、そう言う。私はY氏の言葉を受け取れなかった。
「Yさん、どうしてそのようなことが言えるのですか。あなたとは今日初めて会いました。私のことを何も知らないあなたが、なぜ」
不可解からくる怒りに、つい語調が激しくなる。
「まあまあ、落ち着いて。私はシャーロックホームズではありません。推理学を適用したのではありません。ただ、状況を思い浮かべただけです。想像力の、たまものなのです」
そう言ってY氏は目を閉じた。すると、ほわほわとY氏の頭の上に、吹き出しが現れた。マンガなどでよくみる、「そうぞうちゅう」な、雲のような吹き出しだ。なんだこのカラクリは、と私は戸惑った。
「つまり、こういうことです」
という文字が、吹き出しに現れた。
文字は、続いた。
「つまり、こういうことです。
ものごとを深く考えるあなたに傘を忘れさせるほど、リリィさんはあなたを夢中にさせた。彼女は大変に、あなたを惹きつける力をお持ちなのでしょう」
雨音が激しくなってきた。私は、リリィと行った喫茶店を訪ねた。もう数週間前のできごとなので、当然のごとく傘は無かった。近くのコンビニで傘を買ったが、私はあの日に置き忘れた傘のことが急に恋しくなって、心が絞られる思いになった。あれから、リリィと一度も会ってないし、言葉も交わしていない。ただ数日前、手紙が届いた。何が書かれているかは、それぞれのひとの解釈に任せよう。ただ、傘のことが気がかりで、心が搾り取られる思いにさせるひとのことだ。
春雨に降られて、私は旅に出る。
新しい傘で、私は旅に出る。
本当の春雨は、おいしいのだと信じて。