「どんなものでもかまわない」
喫煙室から出てきてソファに座りながら河合はそう言った。ソファ。喫茶店の奥にある、VIP席で、僕と河合は面談していた。
「本当にどんなものでもかまわない」
河合は両手をテーブルにのせ、組み、そう言った。
「君のプログラムを見せてもらった。『弱っていくムカデ』は、今までの課題で一番の出来だ。君は真面目そうに見えるが、ユーモアも同時に持っているんだね。俺はそういうところを評価したい。編集長の頼みだ。次にプログラムを作ったら、一番に俺に見せて欲しい。どんなものでもかまわないから」
タバコ臭い編集室で、河合はコーヒーをすすった。僕もつられてコーヒーをすすった。ちらちら腕時計を見てしまう。夏帆との待ち合わせまで、あと三時間だ。僕は話した。
「河合さん、僕はムカデに対して抵抗があります。あんなにキモい生き物を僕はそれまで見たことがありません。あのプログラムは、僕が学生だった頃に書いたものです。当時住んでいた寄宿舎があって、僕はムカデデビューしてしまったんです。初めてそれを見た時、地上のあらゆる恐怖が天から降りてきたようでした。僕は何もできなかったんです。計算機演習の講義の後に、僕は思いつきました。ムカデの強さを決めて天井からつるしのたうち回すプログラムを作ったんです。これはいわば、僕の自然への挑戦です」
自分でも何が言いたいのか分からなくなってきた。でも実を言うと、僕はこういうたぐいのデビューをしていた。ここでは敢えてその詳細を表さないが、一つの生物との出会いと別れがあったのだ。
三時間後。僕は夏帆と会った。情報誌編集長の河合とした会話を伝えると、夏帆は喜んだ。
「プログラムの名前を聞くと正直私もゾッとするけれど、河合さんは、あなたにとってチャンスをくれるひとだと思うわ。雑誌にあなたのことが載ればいいわね。専門的なことは分からないけれど、あなたにとって、大きな前進となるんじゃないかしら。魅力的な話だと思う」
夏帆は続けて言った。
「自分がどうあれ、機会と思ったことには乗ったほうが良いと思うし、これからもどんどん乗るべきだと思う。あなたにはそういう力がある。どんなものでもかまわないから、ね?あなたは、いろいろな世界を持っている。とりあえず、やってみることよ」