「雲に君見む」2-4

「白と黒の世界」隼人はふと、つぶやいた。

これらは、いったいなんだ? 白い炎と黒い炎という表現は、とっさの表現とはいえ、あとからその二つの像を見ていてもずっとそう思えた。炎と呼ぶにそれらはふさわしく、像の底部から上部にかけて空間がゆれ上がっていた。そのさまは、温められた空気が上昇する原理を、わかりやすく説明しているようだった。

ふたつの像の背後には、紫のカーテンがかかっていた。もっとも、ふたつの炎で空間がゆらめいているせいで、カーテンもゆらゆらゆれているように見えたほどだった。

「白と黒の世界には、灰色という色は許されません」

ゆらめくカーテンの向こうからそんな声がした。屹然とした日本語だった。

「おお、そこのおかた。この像を炎と表現したのですね。炎〈flamma〉は女性名詞であるゆえに、これら炎を女性にして与えましょう。名はあなたが自由につけるがいい。おのがなす行為に、誇りをもっと持ちなさい」

現象はいつもあっという間に起こる。そのことは隼人も分かっていた。しかし、紫カーテンの向こうから聞こえた声が意味していたのは、なにかと考え込まずにはいられなかった。

「待ってください。私に、あなたをもっと観察させてください。私の身に何が起こっているのか、確かにしたいのです」

「私を追いかけることは、これ以上見ることは、なりません。あなたは、灰色の要素を持っているようです。ですから、白と黒の世界には来られません。来たければ心のなかの灰色を捨てなさい。白と黒の世界には、灰色という栄光はないのです。まずはその二人と話すのです」

紫カーテンからの声はそう言い終えると、カーテンもろとも虚空に消えてしまった。

声〈vox〉もラテン語では女性名詞だ。だから声は女性だったのか。隼人はそう思った。

白い炎、黒い炎を隼人はそれぞれジゼルとテレーゼと名付けた。炎は炎の形態のままで、一連の出来事の後、隼人の背後にふわふわと漂うことになった。

三日後、カフェに隼人は来店し、パンとラテン語の話の続きをし始めた。

「ラテン語の名詞には性があります。男性、女性、そして中性です。同じ講義を受けていた女学生は、巫女で海外文学の翻訳の仕事をしていますが、『自分の仕事はひどく背徳的だ』といつも嘆いていました。男性、女性、中性と付き合うわけですからね。実際の古代ローマは、なんでも擬人化しました。神にさえするのです。運命の女神、平和の女神、調和の女神などなんでもありですよ」

「かみさまですか。それは驚きです」

「古代ローマ人は農耕民族でした。牧歌的だったんです。牧神パーンというのがいたくらいですから」

真木はきょとんとした目で隼人をみつめる。「牧神パーン? パンとラテン語ってそのことですか? わたしてっきり食べるパンのことだと思っていました」

「はい。なんでも名付ける精神にうたれ、すっかり西洋文明に染まったわけです」

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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