織り成す二つの心

「君、心は何次元か?」彼はしゃがれた声で私にそう問うた。

彼は…博士は、連日の報道にうんざりしていたようだった。世界疫病の感染状況に、そして非道な世界戦争の中継に、博士は実際に顔を背けていた。そうかといって代わりに見るものはほとんどない。窓の外はずっと同じ景色ばかりだし、部屋も冷蔵庫とベッドとひどく殺風景だ。博士の家族が、市の施設に電話を入れたのがほんの三日前になる。

人助け、といえば良いだろうか。私はそういう意図で博士のところに派遣された。最初に博士に対面したときは、やはり緊張した。なにせ、彼は数学者で、私といえばそういうひとに会うのは初めてで、そして私は数学のことを高位に置いていたのだから。

14歳のころ、数学祭で本物の数学―それまでの数学はまがいものであったことに私は気付いていた―に触れ、私は感激した。近隣の数か国で開かれた数学フォーラムの一環だった数学祭「iが織り成す宇宙」で、博士の名前を知った。

「こんにちは。君がケイシー君だね?」

三日前、私と博士は再会した。しかし博士にとっては、再会ではなかった。

博士の娘、メアリーが電話越しに相談したのは、博士は…メアリーにとっては唯一無二の「父」は、最近物忘れが激しくなっているらしい。

「もしもし、お電話変わりました。福祉課のソレン・ケイシーです。マクガレン・メアリーさんですね?今回はお父様の症状にご心配されてとのご相談でしたが…」

「父が、娘の私に対して、『君、心は何次元か?』と言ってくるのです。何回も見舞いに来ている実の娘にですよ?それで私はどうしようかと思って―」

退屈はひとを殺す、ということはしばしば耳にしていた。変わり映えのない部屋に閉じ込められて、そして目にするのは惨状ばかり。博士の心が、何かに蝕まれているに違いない。

マクガレン・ピーター博士は、20年前まで、数学界のトップだった。専門は、調和解析学。学生の間からは、ペンとチョークとコンピューターを自在に操る新進気鋭の教授だったと言う。

「ピーターさん。心は何次元か、私にはわかりません。ピーターさんは、心のことを一生懸命になって考えておられるのですね。そう考えている博士のお心は、きっと…何次元にも織り成しているんでしょう」

適当なことは言えない。しかし、あまり負担になるようなことも言えない。博士は、そう言った私に向かって、

「君は…私のいい学生だね」と、嬉しそうに言うのだった。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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