坂本さんは言った。「ねえ、どうして『蒼き流れ』っていうの?」
僕はその時、少々高揚していたところがあったから、興奮気味になってしまった。
「いやあのね坂本さん。あなたからそういうことを聞かれると思ってなかったです。この『蒼き流れ』っていう名前はですね、実は一つのアニメのエンディングテーマから採っているわけです。そのアニメは…『灰羽連盟』といいましてね。美しい羽のある少女たちが沢山出てくるんですよ。私はその絵に…いえその美術にすっかり虜になってしまってですね、私もその世界に入りたくてこの名前をつけたくらいですから。そして、そのアニメのエンディングテーマは、”Blue Flow”っていいまして。日本語にすると、『青い流れ』です。これを少し、私っぽく…というかちょっとカッコつけたかったので、『蒼き流れ』という名前にしたんです。でですね、このアニメには、ある『街』が存在するのですが、これは元になった世界観があって、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という村上春樹の小説からきているという話です。私はこのアニメを見終わった後にこの小説を読んでみたのですが、これもまた大ハマりでしてね。私にとっての村上春樹の原点がこの小説になりました」
坂本さんは苦しそうな顔をして、
「ねえ。私の質問に答えて」と首を横にふった。
「あっ、すみません。私はどうして『蒼き流れ』という仮名で書き続けるのかということですが、私はですね、灰羽連盟のエンディングテーマを毎回カラオケで歌っていた時期がありまして。かなりハマっていた時期があるんです。歌詞に感化されたところがありまして、作詞家の方は確か『畑亜貴』さんというのですが、その方は後に…全然内容が違うアニメにも作詞されていて、私はびっくりしました。いやあ多彩なひとだなあと思ったものです」
坂本さんは本当に苦しそうにして、
「私はそんなことを知りたいんじゃない。あなたがどうして『蒼き流れ』というひとなのか知りたいの」と激しく首を横にふった。
あれ、僕は坂本さんに色々話したけれど、僕の話は伝わっていなかったのだろうか、と心配になった。こういう時は、どうすれば良いのだろうか…。僕は、坂本さんに何を問われているんだろうか? 今一度、会話のログを見返してみよう。
冷静に見るならば、僕はとてつもないミスを犯してしまっていた。自分の知っていることばかり話している。これでは自己中な奴にしか見えない。あるいは、自分に酔っているとでもいうか。そのログを見る限り、僕は完全にヤバい奴に違いなかった。
状況をおさらいしよう。
僕は、あるネットゲームで『蒼き流れ』と名乗っていた。そこに、フレンドの『坂本さん』がログインしてきて、ささやきチャットで雑談になっていたところ、『坂本さん』からふいに自らのハンドルネームについて聞かれた…というところだ。僕は繰り返した。高速で文章を読み解き、改めてタイプした。
「つまり坂本さん、君は私のハンドルネームについて聞きたいんだね」
「そう。どうしてその名前を?」
僕は落ち着こうと思った。
「はい。この名前は、『灰羽連盟』というアニメのエンディングテーマから採ったものです。『灰羽連盟』は私の大好きなアニメで、カラオケでよく歌うくらいです。だから、名前をこれにしました」
坂本さんは、首を縦に振って(厳密には「肯定する」のエモーションを示して)、
「そっか。好きなアニメから採ったんだ」と一言だけ。
つまり、そういうことだ。僕は興奮するとつい話してしまうひとだから、気をつけないと…。優しい坂本さんは、今日もいろいろと興味津々だった。まあ、本当はどんな人か知らないわけだけど。