流と出会って、3ヶ月が経った。彼と私は、学生食堂でよく議論したものだ。
「しかし電磁気学とはな。土木科なのに、君も物好きなことだね」
私は返した。「流、自分の興味のある学問を学んでなにか悪いのか?おれは空が青い理由を知りたいだけなんだ」
「まあ」流は言った。
「確かに、電磁波について学ぶことは重要だ。電気と磁石を調べるためには。土木科も必須にしてもいいかも」
流は宇宙物理を専攻していた。彼は私の、憧れだった。流とは友人として長く続けていけるだろうと考えた。
「おまえのほうは?」私は尋ねた。
「僕のほう?君の専攻しているものと対して変わらない」
自分のあだ名の通り、やはり「流れ」にすごく熱心に勉学している。そんな雰囲気がまじまじと見て取れる。流は唐突に言った。
「君に紹介したいひとがいるんだ」
紹介したいひと?私はそのまま疑問符をつけた。
「スカーレットという女性だ」
「可視光では波長が長いほうだ」
「星のスペクトル分類で言うと、早期型だね」
「さすがだな。なあ、宇宙物理は楽しいか?」
「楽しいよ。とても」
流は、腕時計に目をやった。
「そろそろ時間だ。じゃあ、また明日」
ひとりになって、色々と私は考えた。
空のこと。電磁気学のこと(来週には参考書を読み終えるだろう)。
そして、スカーレットのこと。考えていて正解だった。私は土木科を無事卒業し、空が青い理由も、きちんと理解した。空が青いのは「レイリー散乱」のおかげ。そして流の紹介でスカーレットと出会った。スカーレットは私の予想通り、情熱的だった。卒業しても行く当てのない私を、いつも気にかけてくれた。彼女は、私にとって「希望」の象徴だ。「あなたは【そら】が好きなのね。土木科では何を学んだの?」
出会って間もないころ、彼女は訊いてきた。
「水の流れについて学んだよ。流れる水の中に、ひたすら円筒の模型を置いて抵抗力を測っては考えてばかりいた」
「水だけ?」スカーレットは好奇心があった。
「ああ、空気の流れも研究していた」
「どんなの?」
「飛行機の翼についても、研究していたね。あの翼ってさ。とても簡単な数学で分かってしまう代物なんだ。というか、数学の計算一つで、今の翼の形は求められた。それをジューコフスキー変換と言ってね…」
スカーレットは、私の長話を真剣に聴いていた。
「ねぇ、思ったんだけど」彼女は言った。
空気と水について詳しい私の道を、照らしたのだ。将来へ迷っていた私を、落ち込みがちな私を。
「これからどんなことがあっても…」
私も真剣に聴いた。「優しいあなたに送るわ。…どんなことがあっても、空を見上げて。ね?私、あなたの支えになるから。そして…夢を叶えて。大好きなあなたに」
「ありがとう。ぼくも君に送るよ」
スカーレットの心の脈動を感じた。
「これは…指輪?」「そうさ、君に」
「空のように、君を守ってみせる」
ハネムーンでは、コート・ダジュールへ行った。ふたりで、ハンググライダーを体験した。スカーレットは、はしゃいでいた。普段の真剣な目が、安らいでいた。飛び立って、何時間、何日、何年経ったろう。私たちは空を渡り、人生を渡っていた。
片方が心に病むと、もう片方が尽くす。ふたりが幸せになると、ふたりが幸せ。ふたりが病めば、ふたりで乗り越える。私たちは、ずっと一緒…だった。あるとき、スカーレットが木に引っかかって飛べなくなったことがあった。私は、速やかに着地し、その木によじ登り、彼女を探した。しかし、見当たらない。わたしは段々と心細くなっていった。そのような私を、後ろからぎゅっとスカーレットがハグした。
「私たちはいつでもずっと一緒だからそんな寂しそうな顔しないで」
私の夢。それは、みんなが笑顔で生きていてくれれば、それでいい。それが、私の夢だ。
スカーレットは、やがて何者かに連れ去られてしまった。また悪い虫のせいか。私はそう思った。悪い虫は、執拗に、私を食べていった。