「それで、真実ってなんだ?」私は問いた。流は相変わらずキザだった。「僕の本名は、『ナッガーレ↑スペクタクル』」。私は彼がそんな冗談を言う男だとは思わなかった。
「君は完璧主義者かい?白か黒かはっきり分けるべきだと思っていないかい?」私は答えた。
「未来はそんな完全に決まるものではないと、おまえは理解してるんじゃないのか」
流は、宇宙物理をどうとらえているのだろう?
「流よ。今度はおれから逆に問おう」私は屹然とした口調で言った。
「なにが、おまえのなにに働きかけてどうなったんだ?」流は応える。
「とても科学者らしい問だね。感心するよ。やはり土木でも宇宙でもみんな一緒なんだね。僕は自分が自分で分からなくなった。いつの間にか身体が支配されていたんだ。流体力学は、ひとの心のゆく末まで記述するんだと知った…。そして、ひとは美しく散ってまた流れに還っていく…。万物は流転する…」
私は流の言っていることがよく分からなかった。
「ナヴィエ・ストークス方程式のことか?」
「ああ、その通りだ。僕はこの方程式を解こうとした。だけども解けなかった…。数学上では、一般解なんて得られないんだよ。それは君も分かっているだろう?気象、地象、水象においては、かの式では何もわかっていない。でももしだよ?一般解が分かっていたら、天気や地震について完全な予測ができるはずなんだ」
流はなにがしたいのだろう?「いいかい、君」流は言った。
「僕は、アインシュタインに賭ける。自然界は数式でどうでにもなる世界なんだ」
「ならおれは、ボーアに賭ける。確率によってしか…いや、確率でこそ決まる世界をおれは望む!シュレディンガー方程式の左辺の虚数単位を信じる!」
「そこまで君が言うとは…やっぱり世界は確率なのか…僕は、なにも信じる気持ちが起こらなくなった。不遇のハンディだったのさ」
『なにも信じる気持ちが起こらなくなった』?
「それは、おまえの友人のおれでも、信じられなくなったってことか?」
流、おまえは信じていたじゃないか。『そこまで君が言うとは』と。少なくとも、私のことを信じてくれていることじゃないのか?
「確かに宇宙論は、難しかった。君と同じく、かの方程式には脱帽した」
だから、僕は、ふたりに分かれたのさ。
流はそう付け足した。ふたりに分かれた?ふ、た、り?誰と、誰とだ?流は、依然光っている。
閃光の向こうに見えるのは、鈍く染まった雲だった。流は手を口にあて、ロウソクの揺蕩う火を吹き消すように、私にその鈍い空気を放った。不吉な予感はしていた。私は、なにかでヘマをしたと思った。またやらかしてしまった。そう思った。
『人間は偉大で、完璧にものごとが全て決まり、あいつも、おれたちも、全てが思い通りになる世界を望む。そのためには、手なんかかけてはいられない』
「いや、違う!未来は決まらなくて当たり前だ!いつかの日に備えて、手を取り合うことが大事なんだ!」
たとえ、眼の前が見えなくても。たとえ、周りの音が聞こえずとも。たとえ、そばにいるひとが、いなくなっても。
「ぼくらは生きていける!明日を迎えられる!それが、たとえ無くても!私たちは、いま、ここに生きている!それがなんて素晴らしいことなのか、おまえは理解していない!不遇のハンディをもってでも、だ!」
「実に虚しい」流は言った。
「では、君たちの住む母星が、二つの意思によって違うループを採るならば、どっちを選ぶ?」
違うループ?私は混同した。したが、私は、彼の言葉を傾聴した。同じ、人間として、彼の言葉を聴くべきだと判断したからだ。彼は言う。
「ナギア君とミツヨシ君から、連絡が入ったようだ。彼らは殺されてなんかいない。知ってたかい…?」
突然の死者が、使者になった瞬間だった。言葉遊びではない。たとえ元同僚が敵先でも、私の苦労には及ばない。私は全てを信じていた。
「この母星には」流は話し始めた。
「ふたつの脅威がある。とても、とても、恐ろしい。ひとつは神。もうひとつは悪魔だ…」
「神と悪魔?」私は返した。
「おまえがクリスチャンだったとは知らなかったが、分けるのは良くない。おまえは、そのままでいる方が、充分だ」
「僕は、いつからこうなったのか分からないんだ。ただ僕らしさってなんだろうって…」
「それで、分かれたのか?感心しないが…。科学は、分けることによって成功した。だが、心は、分けるもんじゃない!ありのままで、いいんだ!昔みたいに、黒板の前でもう一度議論しようぜ?」
“それが、友だちってやつだろ?”
私は心のなかで付け足した。おそらく、流は人格が崩壊しつつある。誰が、こんなに穢した?
「知りたいかな…?」
流は、もう流本人ではなかった。
「君は、恐怖の前に、ひれ伏せ、あらゆる命に、並べられた秩序に!『調和の神エデン』か、『混沌の悪魔ラプラス』か、どちらかを選ぶ権利を与えよう!」
幾億の運動。幾億の契り、理…。我はラプラスの悪魔…。混濁した我を前に、ひれ伏すがいい!おまえたちの母星、地球…闇に包まれなおも、秩序を求めるか?秩序など、そこにあってはならぬ。この現世に…混沌はなくしてはならぬ。それでも我に抗うとするならば、受けてみよ!そして耐えてみよ!諸星の光を受け、偽りのエデンを、暴き出せ!やつは、エデンは、この世界に秩序をもたらそうとしている。完璧な世界を、だ。おまえの友、流は、このわしが喰った。一番誇りの「うぬぼれ」を犠牲にして、このわしに貢いだのだ。ナギアとミツヨシもわしのエサになった。彼奴らは、とても美味かった…。悪い虫に食べられる夢をみせてやったのだ。哀れなやつらだ…。しょせん想像上の人物でしかないものよ。さあ、いまこそ世界に混沌を!イマジナリに終焉を!愚かな流れに別れを告げよう!
≪ラプラスの力が強まっていく!≫
「食らえ!」
≪はどうほう≫
≪全滅した…≫