肌がジリジリと痛む。私は一体どうなったのだ?
「立ち上がって!あなたは生きている!」
だ、誰だ…?虚空の彼方から、声が聞こえた。
「全ての幻想は終わったわ」
すべての…げんそう?
「そう。自然神エデンの企みが、そしてレッド・サイクロンの目的が分かった」
それは…いったい?
ラプラスから激しい光を浴び、私はどうなったのだろう。
私は目を覚ました。スカーレットのひざまくらでお世話になっていた。
「流くんのセリフを思い出してみて」
スカーレットは、いつでも情熱的だ。私は彼女のそういうところが大好きだ。
「流の…どのセリフだい?」私は尋ねた。
「ずうっとずうっと前のセリフよ。自由に回想していいの」
私は、【回想】してみた。
そうだ。現実か夢だか分からなくなったあの時の声だ。
≪実に虚しい≫
あの時の…声だ。
≪ヨーク公のことを知っているかね?≫
唐突に放たれた言葉だった。
≪君は、悪い虫に食べられた夢をみている≫
こんなことも言っていたな。
そして、
≪君は、一度死んだ方が良いな≫
そんなことも言っていた。
私は死んだのか?
「ヴェートーベンは耳が聞こえなくなった」
スカーレットは言った。私は返す。
「そうしてもなお、音楽を作った」
生きるとは、つまりそういうことだ。ハンディを背負ってこそ、生きることができる。
「つまり、ぼくは死んで、新しいぼくになった。そういうことかい?」
スカーレットはゆっくりうなづいた。
「もうあなたは安心していいのよ。烈風や豪雨が来ても、きっと乗り越えられる。それだけの強い精神力がついているはず」
いろいろ、あったからな。不遇のハンディがやってきても、なおも前へと進む力がある。困難を乗り越えた先には、困難に打ち克った自分がいる。それは事実だ。
「それにいまのあなたは、独りじゃないわ」
そうだ、私を支えてくれたひとがいる。彼らを仲間と呼ぶのならば…私は、確かに独りではない。支え合うこと、手をかけあうことが大事なんだ。それこそが生きるということ。私は立ち上がった。そして手を差し伸べスカーレットを強く抱きしめた。
「ありがとう。還って来てくれて」スカーレットは、涙を湛えていた。
「泣かせてごめんよ。ただいま、スカーレット」「ううん、嬉しいの」
真実と向き合う時が来た。いま、何が起こったのか。何が起きているのか。
ナギアとミツヨシはどうなったんだ?結局のところ、彼らは殺されていなかった。これは一体何を意味するのだろう?流は、彼らの「連絡が入った」と言った。私は状況を把握せねばならなかった。
「科学者は、べき思考の塊みたいなものだ」
ふと思いついたことを言ってみた。私はこの世界に入って、どれくらい「~なければならない」と言っただろう?そんな科学者も、自然を愛している。現象を観察し、仮説を立て、実験する。そうした得られた結果と、仮説とを照らし合わせ考察する。ひたすらに事実と向き合う姿は、自然愛そのもの。彼らは何度も仮説を立て、ひたすら実際に試す。自分の仮説が正しいのか、異なっているとしたら、自分の仮説を再構築する。その姿勢は、謙虚で「見返り」を求めない、「無償の愛」そのものだと言えよう。
夢をみていた。悪い虫に食べられる夢だった。体中がヒリヒリしている感覚がする。私はいままで夢をみていたのだろうか?それとも醒めたのか?これから夢をみるのか、またはこれから醒めるのか?それさえも分からない。
生きるとはどういうことだろう。アンセーヌを失った時から私は、死んでいたのだろうか。
「スカーレット。ぼくの頬をつねってくれ」私は言った。
「痛みをおぼえることで、あなたは夢か現実かを判断するの?」とても甘い声だった。
痛みを感じることが現実で、感じないのが夢だとするならば…。私の夢は、とても現実だった。時は儚くして今に至るが、私はあいかわらず悪夢だった。
「スカーレット。スカーレット。ぼくの声が聞こえるかい?」
「ええ、ちゃんと聞こえているから心配しないで。生きることは痛みを感じることじゃないわ。私たちは明日をみつめなければならない」
「君も科学者だね」
「事実に謙虚にいること。マトリックスは規格化されていなければならない」
その通りだと私は思った。全ての幻想は、一つの現実に絞られる時がきた。
「ぼくたちは、明日をみつめなければいけない」
「そういうことよ。悪い虫は、倒してもキリがないの。振り返ることは大事なこと。だけど、過去の出来事をいつまでも思い出してばかりでは前へ進めない。過去を食べられてあなたは生まれたばかりなのよ。さあ、空を見上げて」
私は、スカーレットを愛した。とても情熱的な営みだった。現実は、思っていたより辛くはない。ひとを愛すること。それこそが生きることであり、私の心のなかの一番強い気持ちだった。
「ラム!」ふたりの男の声がした。
「俺たちは宇宙にいるぞ!倒す脅威はラプラスじゃない!エデンのほうだ!」
ふたりの声は鈍色で、虚空に消え去っていった。