もどかしき距離感

2023年が終わろうとしている。
私は一年がすごく長く感じられるが、そのことをひとからよく「珍しい」と言われることがある。よくひとは「一年なんかあっという間」と言う。私はというと、そういう言葉が信じられない。「色々なことがあったじゃないか」。そう思う。忘れることができない、沢山のことがあった。

  • ブログをリニューアルした
  • 「いにしえのうたごえ」を始めた
  • 自分レポート第二弾を書き始めて、書き終えた
  • 村上春樹の新刊を読んだ
  • 計算物理学の道に入った
  • 量子論に関する本を40日で読破した
  • 物理数学に夢中になった
  • 恋文をたくさん書いて、渡した
  • おそらくここ数年で一度の幸せに浸った
  • しかし長続きはしなかった
  • 半年に渡り、メンタルヘルスのプレゼンを作るプロジェクトに参加した
  • FPへの道を拓いた
  • カウンセリングを受けた
  • 懐かしいゲームに再会した
  • 「ナラティブセラピー」について知ろうと思った
  • Pythonでプログラミングをすることに熱中(している)
  • コロナとインフルのワクチンを受けた
  • 眼科に通った
  • 歯医者にお世話になり始めた

ざっと挙げたらこのくらいか。楽しくも悲しくも、色々なことがあった年だ。このようなリストを見ていると、涙が出てくるほどだ。どのことも、思えば記憶が研ぎ澄まされ、心を打つ。私は真に生きていたし、いまも生きているのだ。

ここで、タイトルの意味に迫ろう。「もどかしき距離感」だ。これは、他との心の距離のことである。2023年は、ひととの距離感が曖昧になった年であった。まあ本懐は上のリストに挙げた内のひとつの「幸せ」についてである。学んだことはたくさんあった。私は淡々と生きている風でも、心を打つような場面では我を忘れることがあるのだ。

「私は幸せに慣れていない」。そうも思った。ボヤっとした人間関係に議を呈すところもあった。「はっきり知りたい」。そうも思った。しかしカウンセラーによると、そうでないところもある、ということ。人間関係に関する想いをはっきり知りたいと思ったが、長く時間をかけてみることも大事だということ。

私はそういうのを「もどかしい」と感じる。私にはそういうふうに思う癖がある、ということが分かった。告白しよう、今も「もどかしい」。このまま2024年に入って、ずっともどかしい想いをしなければいけないのかと思うと、おかしくなりそうだ。非常に辛い。

しかし私は、生きなければならない。
ひとと関わるということは、真に難しい。真に苦しい。真に重い。しかし、ひとと関わらなければならない。「もどかしい」なかで、生きなければならないのだ。

2024年は、どんな年になるだろう。
想像するに、もっと重い、苦しい、難しい年になりそうだ。

幸せなぞ、どこ吹く風…。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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