かつてのひと、今は偉人

書籍「笑わない数学」を入手した。私はNHKの番組であった「笑わない数学」のファンであり、数学・物理の学徒だ。たぶん、これからずっと先も学徒だ。色々な数学の難問を紹介していくこの番組が、たまらなく好きだ。真っ白の背景が、どこまでも続けられる数学の思考のようで、とても安心できる。とても、安心できるのだ。

半年くらい前になるか、書籍「物理学者のいた街」シリーズを購入したときのことだ。私がかつて学生だったときに、雑誌に書かれていた太田浩一氏の記事を読んだことがあるのを思い出した。エミー・ネーターの記事だ。書籍を読んで、当時のことを思い出したのだ。なんという巡りあわせだろう!

数学者・物理学者の話は好きだ。数学や物理そのものの話だけではなく、どう成り立っていったのかを追う行為が好きになれた。私が学生の頃は、そういった歴史の話は結構軽んじてしまっていた。悪い学生だ。科学を学ぶ者にとって、数学史・物理学史を軽んじることは、とても恥ずべき行為だと思う。

歴史の話にかつてよりは詳しくなった。時代背景を追うことは大事だ。例えば物理学の話だと、量子力学の形成に著しく役を担っていたひとは、当時1920年代の歴史…のことを思い返す。第一次世界大戦があり、ナチスの殺戮行為、そして第二次世界大戦、原爆投下。まことに重々しい話だが、科学者たちが世界にどう見られていたか、そして科学者自身はどうあったか。そのことを知らなければならない。目を背けてはならない話である。

解析学に関して、関数を微分したり積分したりできればそれでいいわけではない。量子力学では、シュレディンガー方程式をいじるだけでいいわけではない。その背景を知ることも大事だ。

熱が入ったところで、少し肩の荷を下ろすことにしよう。プログラミングの話だ。Pythonでいろいろ最近はしているが、壁にぶつかっては考えてなんとか解決はしている。そのたびにプログラミングの奥深さを感じる。具体的な話をすれば、matplotlibでアニメーションを作ることに今は熱心だ。コンピュータで微分方程式を解く方法も調べている。4次のルンゲ-クッタ法のアルゴリズムを理解しようとしているのだ。いつも計算物理学のワークを行ない、このブログで成果を公開しているのは、嬉しさを伝えたいからである。

さて、そろそろ「笑わない数学」の本を読もうかと思っている。この記事を書きながら、そばに書籍を置いている。もう読みたくて読みたくてたまらない。私はこうして元気を取り戻してゆくのだ、と自分のなかで思う。いまでも、傷心ではあるけれども。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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