「名づけは重要な行為さ」
名前をつけることはとても大事な行為。それが実際の子どもでも、日記帳のタイトルでも、そしてRPGの主人公の名前でさえも。
「ええ。あなたに名づけてもらいたいの」
彼女は私の自由を信じていた、だからこそこのような頼みをしているんだと思う。名付けという行為は、とても大事な行為…行為だ。心を込めて。私たちがこれから二番目に愛しいひとへ呼ぶ呼び名だ。これから何回も呼ぶことになるだろう。私たちは名前を呼ぶときは決してためらわない。同じように、その「子」を呼ぶときも決してためらわない。愛の結晶を呼ぶのに何故ためらおうか、いや、ためらわない。
私は君を愛す、君は私は愛す。同じように私たちは、彼/彼女を愛するのだ。私たちの間に、初めて3人称が舞い降りたとき、私たちの愛は更に確実なものになる。この世界は私と君とだけのものだ。私たちは、世界に「子」を産んだ。この世界に、「子」を、産、ん、だ、の、だ。
「なにがいいかな」
私は考える、それまでの生を追い、得てきた知識を総動員させて考える。名前というのは、考えるのに時間がかかるものだよ。まず、性別を考える。その「子」が男か女か。そして、どういう想いを込めて言葉を選ぶべきかを考える。
その晩、私はコンピュータにタイプした。まずは、「アマンダ」から考えよう。amanda。ラテン語で、「愛されるべき女性」。そうだ。全ての子は、愛されるべきなのだ。私からも。君からも。まずはそこだ。テキストファイルに、いくつか思いついた名をタイプしてゆく。5つくらいすぐ思いついた。そこからが長い。名づけという行為に、何が必要だ?親である私たちの希望が入り込みすぎてはいないだろうか。この子には、どうあって欲しいのだろう。まず明らかにしなければならないのは、それだ。
親の願いは、いくつかこめたほうが良いだろう。どういう名前が良いのか、すごく考える。少しでも、言語について学んでて良かった。
「この子には、自分を大事にしてほしいの。私たちがそうでなかったから」
君はこぶしを握り締め、涙を流す。私も涙を流す。
「そうだね。私たちは、自分のことをいつもひけめにしていたから。この子には、そうであって欲しくない。それが私たちの願いだ」
「ねえ、恒星っていうのはどう?こうせい、って呼んで」
「いいね、常に輝いてこうせい」
沢山考えたというのに、瞬時の思いつきで私たちは、二番目に愛しいひとのことを恒星と呼ぶことに決めた。こうせい。体育系の部活で、いそうな子の名前だ。
酔いが切れるころ、私はこうせいを抱き上げて月を見せた。この子には…この子に願う私たちの想いは…、常に、輝いていて…ひとに希望を与えるような子であってほしい。沢山の知識があっても、願いさえあれば、名前はつけることができる。愛は、まことに素晴らしいものだ。
どんな場でもいい。とにかく、元気で、い、て、ほ、し、い…。