「私は旅をしている」。
先日、オクトパストラベラーのPlayStation版を購入した。サイラスから始めてオルステラ大陸をもう一度、旅をしている(すごく具体的な話だ。私はSWITCH版を一度プレイしている)。プレイしていて思うことは、みな、旅をする目的はそれぞれだが、「旅をする」という行為をしているのは同じであるということ。
私はいま、計算物理学の旅を始めて、つまずいている。フーリエ解析とウェーブレット解析の箇所だ。数学の部分が難しく、Pythonでもろもろのことをどうプログラミングしていけばいいか分からなくなり、先へ進めないのだ。フーリエ解析は、コンピュータだけではなく、数学でも学んでいて同じく先へ進めていない。これは困ったことだ。フーリエ解析の素晴らしさは知っている。しかし、細かい理論がどうも私を留めさせてしまっているようだ。
気象予報の旅は順調であるように見える。まだまだ知識と技能は充分身についていないが、ゆっくりとコツが分かってきている。学科試験対策もしなくては。ミステリは決して終わらぬのだ。
私はたくさんのことをやりすぎかもしれない。しかし学ぶ意欲が強く、それを誰から阻止されようか、いやない。旅に正解はないのだ。そう言い聞かせて、私は今日も歩く。
私は旅をしている。