天の眷属

見上げるべき世界は、すなわち空は、どの時代・国でも崇高なものらしい。

私はある週末に気象予報の勉学をしていた。そのなかで、前線やトラフを描画する問があった。まあ、実技では定番な問だ。定番な問だけに、すぐ答えられないといけない。それが難しくて心が唸るときがある。最近になって閉塞点を正確に求めることができようになったが、トラフを描画するのは未だに苦手だ。

空のことを考えたり、解析しようとするひとたちはその世界では「天の眷属」と呼ばれていた。崇高で、生命を超越し、永遠に星が回り続けるエーテルの世界。アリストテレスの「天上世界」のようだ。私たちは、空を見上げては考えた。雲が形を変え空にあること、風の成因。雨や雪が降る仕組み。嵐を起こすのは、ネプトゥーヌスのかき混ぜではないこと。ユッピテルの雷でもないこと。

天の眷属のひとりになった彼、カエルムは話す。
「月下世界なんてもううんざりだ。ひと同士の争いは見るに堪えない。それよりも、我々が共有する空についてもっと考えるべきではないか。難しい話をするつもりではない」
私は彼に同意する。空の下にいて、宇宙に地球外生命体がいるかいないかどうのこうの、月や火星に移住するかどうのこうの、とかいう割には、人々の関心事は、他でもない、人々自身のことであって、彼らは常に争いあった。もうそんな時代ではないというのに。人類は、いま結束すべき時代なのに。

私は、ものごとを理論的に解釈する力を持ちたい。そう思うのには、理由がある。まわりが理論的ではないからだ。

総観気象学を学び始めて、もうすぐ8年経つ。
物理を思い起こし、流体力学を学び、ついにはこの学問を学ぶに至った。かなりの独学だったし、これからも独学するだろう。身に付けるには、私にはもっと実践が必要だとも思う。前線を描き、トラフを描くことを常としたい。それが、きっと気象予報の勉学にもなる。現状を観察する眼を持ちたい。何にも流されない、ただ眼に映るものを冷静にとらえる技能を身に付けたいのだ。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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