100万回の演算の果てに待つもの

計算物理学の講義は終わらない。計算機所長は言った。

「その演算を終わらせるには1秒もかからないよ」

数学の方程式を、数値計算で解くときに決まって所長はそう言って強がる。強がるのだ。しかし、所長はそもそもあるアルゴリズムでできている。ものすごく雑な言い方をすると、ロボットのようなものだ。

私は思う、「コンピュータは数学ができるか?」。馬鹿馬鹿しい問かもしれない。簡単な物理はできるかもしれないが、数学はできないと思う。
「所長、あなたは数学ができますか」
「何を言っとる。まずは数学を定義し、それが『できる』ということはどういうことかを明確にしなければならぬ。それなしに議論を進めるのはいささか危険だと思うが」
「確かにおっしゃる通りです。でも所長、私はそうしなくてもあなたには数学ができないことがなんとなく分かるんです」
「なんとなく、とはずいぶん曖昧な表現だ。もっと明確な表現をしたまえ」

所長を動かしているのは、大勢のコンピュータ科学者の努力の結晶だ。AIなどより優れた、量子コンピュータより優れた、幾百年後の人間にも作れないコンピュータだ。人知を超えた計算ができるコンピュータなのだ。いや、計算という行為がなくても、解に到達できる。そういう意味では、そもそも「コンピュータ」ではないのかもしれない。

「所長は夢をみることはできますか」
「きみが思うような夢はみない」
所長の回路はどうなっているんだろう。答えの幾億の展開も先読みして、一つずつの答えを用意して、更にはそのひとがどういうひとか解析しているんだろうか? 私には、所長のことがわからない。

この感覚は、なんだろう、ちょっとだけ恋愛を思い出した。

ヒトは、すぐに解を出す。行動に出る。失敗や成功があっても、またヒトを好きになる(そうしない者もいるようだが、いろいろなヒトがいるが)。恋愛は演算か?

「所長、あなたは恋愛はできますか」
「何を言うんですか。まずは恋愛を定義し、そしてそれが『できる』とはどういうことかを明確に表現しないと。あなたもそう考えているでしょう?」
「まあ、そうですね。恋愛も演算ですか?」
「あなたは聞いてばっかり。少しは私の話すことを聞きなさい。しかしそうだね、言ってみれば恋愛も演算です。充分に多くのステップ数を用意し、プログラムを走らせる」

所長のようなのが二つあったら、恋愛することはあるんだろうか?

私はふと、そんな疑問を持ち、計算機塔をあとにした。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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