愛しきダークモード

電子機器の背景画像は真っ暗。
Twitterの背景は真っ黒。
VS codeの背景は真っ暗。
僻地の夜空も、真っ暗、だ。

「星が見えるよ!」

私はたまに思う、「心も闇に覆われればいいのに」。しかしそれはネガティヴな思いでは決してない。闇は悪いものだと誰が決めただろう? 光は眩しいと感じるひと達がいる。それは私も同じで、特に私は、自身が人工的な明かりはあわないと思う。照らされるのはいやだといつから感じただろう。

「スポットライトを浴びるのは…苦手なんだ。物語の主人公でもないのに。私は脇役でいい。我が人生も脇役でいい」

そんなことを言うものだから、私はかなり控えめな性格になってしまったみたいだ。私自身そう意識はしていないが、それが仕事仲間からのフィードバックだった。物理学的に、「光を浴びる」ということはどういうことかの議論はここではしない。その議論はとても興味があることだが、ここではしない。いわゆる「本書の範囲を超える」、「他書にゆずる」というやつだ。

「スポットライトは浴びたくない」
彼はそう言った後に息を深く吐き出した。かなり控えめな彼らしい言葉だと思った。一人暮らしをしていた頃、よく彼のガラス張りの塔へ訪ねに何回も行ったが、そこでもやはり彼は部屋の照明をわずかにつけているだけだった。決して全灯にしないのはどうしてかと尋ねたら、「うるさいのはいやなんだ」と彼は言った。
どうやら彼は、視覚だけでなく聴覚でも、目立つものを嫌っているようだった。

「あなたがよく行く計算機塔は明るいじゃない。あそこはOKなの?」
単純に思ったことをぶつけてみる。彼はため息をつき、答えた。
「実を言うと、いやなんだ。計算機塔に行くと、私は『演じなければならない』」

そんなことを聞くのは初耳だった。彼が純粋な興味で訪れていると思っていた計算機塔も実は耐えられない思いをしていただなんて。しかも、「演じなければならない」? 純粋な興味を持つことを「演じ」ていたというのだろうか? とてもそうは思えない。大体、演じるということはどういうこと? 本心を偽っている? だとしたら本当の彼は一体? 彼は…自然体ではない、のだろうか。

「疲れたんだ。ひとに合わせるのは。私には心がもうない。なにも感じないんだ」

「でもビリヤードをするときはあなた一生懸命よね。毎回笑顔で、とても楽しそうに見えた。それも偽りだというの?」

「偽りさ。…たぶん。私の心は…もうないんだ。私は自由でありたい。本当にありのままを生きたいが…、ありのままってなんだろう?」

私は、その日から、彼の家へ行くのをやめた。こんなの彼じゃない。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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