求めるのは、「愛」でも「希望」でも「自由」でも「仲間」でもない。私が求めているのは、黒ボールペンだ。
考えを修正するとき私は「書く」という行為をするが、このことは私にとって絶大な効果がある。口で伝えるより、指で指し示すより、右手に黒ボールペンを持ち自分の思いを書き出すこと方が私は性が合うようなのだ。
書を読み数式を追っているときも、日本語を英訳しているときも、もちろん書く。黒のボールペンは、多目的に沿うものであるのだ。これから総観気象学の復習に入りたいと思うが、そのときも黒のボールペンを使って、書きたいと思う。ラブレターだって、最初は黒ボールペンから起こしたものだから…!
計算機所長は言う。
「プログラムを書くとき、あなたは黒ボールペンを使いませんね。そもそもフローチャートすら書きません。書こうとしない、の間違いでしょうか。どのプログラムを書くにしても、行き当たりばったりです。これは、あなたがより良いプログラムを書こうと思っているのならば修正すべきことだと思います」
たしかにそうだ。計算機所長の言うことは正しい。これからコンピュータをやるうえでは避けられない、コードを書くこと。コードにだけ言えることではなく、考えもフローチャートに起こすということを採ってみようか。考えてみれば、当たり前のことをしていなかったな。
PythonもJuliaも、もっと計画的に進めるべきだと強く思う。しかし最近、プログラミングを実践できていない。使う場面がめっきり減ったのである。痛ましいことだ。特にJuliaが進んでいない。Juliaで計算物理学を学びなおそうとしているが、なかなか進まない。私の理解が不足しているからなのか、黒ボールペンを使用しないからなのか…。
黒ボールペンを求めて、今日は無印良品まで行ってきた。このひとつの行動で、私の考えがどれだけサッパリするのか、私にさえ分からない。黒ボールペンを手にした私は、それだけポテンシャルが高いのだ。
書くきっかけをくれて、ありがとう。使いやすくてとても気に入っているよ。