哲人・エコルディアン男爵

いまひとつ、言っておきたいことがある。
「私は独りだったが、きみを初めて愛した。もう私は、独りじゃない。きみの世界で生きている人間なんだ」

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「私は、エコルディアン様の侍女にございます。エコルディアン様は、宮廷に仕える家庭教師です。最近は、ユゼ王女に自然哲学について講義をしていらっしゃいます。ユゼ王女は、大変に厚く勉学をされていらっしゃるそうですよ。先日は、男爵と『雨を計った』らしく、大変ご好調であらせられました」

「雨を計る?」
私は彼女に聞いた。雨を計るという表現は聞いたことがない。いったいどういうことだろう? 私の表情を見た侍女は答えた。

「あら、これはこれは。あなたは深い人間関係についてあまり認識のない方なのかしら。男女の深い…」

想像するに…「雨を計る」、とは…、そういうこと?
自然哲学の講義は、単に降水量を計るだけではないらしい。私にはそういう話にはついていけない、根っからの凡人だ。そうだ、凡人だ。侍女に男爵のことを聞きに来た理由はいくつかある。エコルディアンとは一体どういう人物で、彼はなにをしているのか。王立科学院でなにをしていたのか。
エコルディアンが在籍している王立科学院は、先日解体された組織だ。闇媒体「プメロフ」が介入しているということが一般に知らされたばかりだ。プメロフは相当危ない組織で、平気でひとに手をかけるらしい。

「どういうつもり」

背後でそんな…女の声がした。私がプメロフについて捜査していることが、知られているのか。私は両手をあげた。

「あなたは男爵のことを調べている、そうね?」
女は早口だった。

「ああ、そうだ。例のプメロフのことも」
もはや死の恐怖しかなかった。後ろから銃口を向けられていることを想像した。

女は言った。
「私、ユゼの友だち。ユゼは、とてもいいひとよ。今日も私、自然哲学について思考を巡らしたわ。雨を計ったのよ。あなたが男爵と組織について調べているのはみんな共有しているひとつの情報なの。あなたは…ここでおしまい」

次は、どこで私は始まる? たぶんそれは、分からない。しかし、この前に見た、雀の死骸から私は始まりそうだ。全て真相はわからないまま? そんなのはもうたくさんだった。
侍女はとっくの昔に姿を消し、玄関先には私と女しかいなかった。私は、「おびき寄せられた」のだ。
真相は分からない。しかし全部分かりたい。エコルディアンと会いたかったが…それは私のなすべきことではなかった。背後にいる女から聞き出せたのは…。

「あなたの名前を聞かせてほしい」

「私の名前? そんなことを聞いてどうするのさ。私は今日の名前しか持たない。名前を知ったら、あなたは消される。プメロフはそういう組織よ」

「ユゼは…あなただ、な?」
女の目が見開かれ、わずかに口を開けたのが想像できた。
「組織の解体は…エコルディアン・ゴドフレイとユゼが『雨を計った』から。そうだな?」
女は言った。
「物語は、いつだってゆでた卵のよう。私の世界は、いつも狂っている。私が見る夢は、いつも繰り返し繰り返し、狂っている。そうよ、私は、私ではないひと。名前なんてもたない、死んだ雀。いつも廃教会の土に埋められている女。あなたの世界は、どんな世界なの?」

銃声が響き、
私は冷たくなった。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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