
1.森と出会い-前編
ここは、若い森の街、ロステンバウム。森は広く、いくつかの集落が点在していました。そのなかでもロステンバウムは比較的新しい集落で、大きい…集落というよりは、立派な街と言っても過言ではありません。家々は、木々の間に溶け込むように作られています。具体的に言うと…そう、木の幹をくりぬいた住居が特徴的です。他にも、樹上に架けられたつり橋。夜には、蛍の光が道標になります。ロステンバウムの人々は、森と争わず、森の気配を読むような暮らしをしています。
そんな街に、ひとりの旅人が訪れます。彼女の名前は、シュシュポッセ。長い銀髪で、青緑のローブに身を包み、旅人らしく軽装です。街の入り口にいる案内人に彼女は話しかけます。
「遠くから旅をしてきました、シュシュポッセです。森のなかでひときわ大きいこの街に出会えて幸運です。宿をとりたいのですが、工面できますか?」
声は少しばかり低く大人びた雰囲気で、少しミステリアス。案内人は、彼女の腰にある針と糸に注目しました。「この旅人は、何を生業にしているのだろう」。そう思わずにはいられません。「シュシュポッセさんだね。いま宿屋の主人にとりつけてあげるから、街のなかへどうぞ」
ロステンバウムの光景は、シュシュポッセにとって新鮮でした。
「森のなかの街だけど、若い狩人や商人が多い。それに、なんといっても活気が他の集落と違ってすごくある。これなら、私も存分に手を振るえそうね」
街の中心には、まだ完成しきっていない広場がありました。木材の香りと、若いひとたちの笑い声が絶えません。一方で、そんな広場の一角には、小柄な少年が、深緑の瞳の少年が一人で立っています。
シュシュポッセには、彼が「異常に」見えます。
「どうしたの? ひとりで」
彼女は少年に気さくに話しかけます。少年は彼女のほうへ振り返らず、黙って森の中心部にある大樹のほうを見ていました。
「森が…泣いているんだ」
少年は、しばらくしてやっと喋りました。しかしそれだけ言うと、広場からたたっと去ってしまいました。シュシュポッセは呟きます。
「あの子…、『糸』がない」
広場の別の場所には、木の幹のそばに立ち、神妙に木を観察している一人の少女がいました。彼女はシュシュポッセよりも年少で、でも観察の様子が飛びぬけていました。
シュシュポッセには、彼女も「異常に」見えます。
少女はシュシュポッセの視線に気づくと、彼女に話します。
「どうしたんですか、なにか私に用でも…? あっ、私は木に夢中になりすぎていました、広場のみんなから不思議がられているんです。あなたも私をそういう風に…?」
シュシュポッセは言いました。
「いえ、素晴らしい集中力をお持ちのようですから、つい見入ってしまって。私はシュシュポッセ。旅人です」
「私はカレア。木こりになりたくて毎日、木を観察しています」
「カレア、あなたは勉強熱心なのですね。熱意は、ほんとうに辺りまで伝わってきました」
カレアは顔を真っ赤にしてしまいます。ひとに褒められたのは、久しぶりだったようですね。
彼女たちは、意気投合、広場の一角で長い間話していました。
カレアの家族。
カレアの木こりへの情熱の強さ。
ロステンバウムで人気のお菓子。
今いる広場で有名なひとは誰か。
「ああ、あの子のこと?」
カレアは、『糸』がないとシュシュポッセが言った少年のことを知っているようです。
「あの子、『フィフ』っていうの。ひとりでこの広場に来ては大樹のほうを見続けているからか、気味悪がって誰も近づかないわ。でも私は、木こりを目指しているのもあるけど、この森の主の大樹を見続けているフィフが気になってて。ときどき話しかけるのよ」
「カレア、あなたどうして木こりになりたいの?」
話題は変わり、カレアのことが気になったシュシュポッセです。
「私は父さんも母さんも木こりでね。小さい頃から木について沢山学んだわ。でも、まだ木を倒したことはないのよ。この森の宝である木を…こんな未熟な私が採っていいのか、すごく不安になるの。木こりになりたい、っていうのは、木こりの父さんと母さんを見てきた私が、なんとなく思ってきたことかもしれないわ…」
シュシュポッセは思いました。
「この娘、『糸』がある…」
ふたりはわかれ、カレアは家族のもとへ、シュシュポッセは宿屋へ帰りました。シュシュポッセは、宿屋へ戻ると早速、シュシュを編み始めます。カレアへ贈る、シュシュを編んでいるのです。月光を浴びながら、シュシュポッセの指は白く光り、針を手際よく通します。彼女の生業は、そうです、「シュシュを編むこと」だったのです!
彼女の目には、命の炎が宿っていました。美しい、職人の目でした。
翌日、広場にやって来たカレアに、シュシュポッセはシュシュを贈りました。
「カレア。これをあなたに贈るわ。あなたの畏れは、森があなたに語りかけている証よ。私はあなたをずっと応援している」
カレアの顔は、涙でぐちゃぐちゃでした。