Sa Chouchou (3) / 短編小説

「シュシュのおねえちゃん、不思議な力があるのなら、この森の奥へ行こうよ」

1.森と出会い-後編

 カレアは森を畏れていました。未熟な自分が、という思いが強かったのです。でも、いまはちがいます。シュシュポッセが編んでくれたシュシュのおかげで、不思議と勇気が湧いてきます。森へ、入れるようになったのです!

「シュシュポッセ、ありがとう。あんなに畏れていた森が…こんなにも気持ちの良く感じられるなんて」

若草のにおい。
小川の流れる音。
葉と葉のかすれる音。
木と木の間から差し込む日光、
そして、
森の動物たちの声。

「まるで、魔法の道具みたいね。どうやって作ったの?」
カレアはシュシュポッセの能力に興味津々です。彼女は答えます。
「あなたの場合、森を畏れていた。だから私は、森のなかで『若木の芽吹き』のような緑色をした糸を探すの。なにより、あなたはとても芯が強い。だから、比較的簡単に『糸』がみつかったわ。あなたという森のなかでね」
カレアは素直に言います。
「なんだかよく分からないけど、褒められているみたいで照れちゃう…」

カレアは森の声を聴きます。森の、命の声です。
「森は木だけじゃないのね。当たり前のことかもしれないけれど、私はなにもみていなかったんだわ」
森は、「木の集まり」ではないのです。命がひしめき合う巨大なひとつの世界なのです。木は、倒されることを恐れてはいない。ただ、正しく伐られることを望んでいる。若木はまだ早いと訴え、老いた木はそろそろだと穏やかに揺れる。小さな草は踏まれてもまた伸びることを笑顔で言う。
カレアは、彼らの声を初めて聴きました。
「ずっと、森を怖がってた。だけど森のほうは、私を怖がらせようとしていないのね」

畏れは、弱さではない。
畏れは、森を深く理解している証。
畏れは、命を軽んじない心の強さ。
畏れは、森と対話するための感受性。
カレアには、もう充分、力が備わっているのです。

森の声は、奥へ来るようカレアに優しくささやきます。まるで、親しい友人に自分の家へ来てほしい、というように。

森の奥の手前には、ひとりの少年が立っていました。木々の声が途絶え、草のざわめきが止み、獣が気配を避け、風さえも迂回するところに。彼は立っていました。彼は、他でもない、フィフだったのです。カレアは言います、

「あなたも、森と話しに来たの? 私はかけだしの木こり、カレア。広場でのお話を覚えているかしら? …私には分かる。あなたは自然に、私のようにシュシュを通さずに森の声を聴けるのね」 フィフは、不安な顔をして言います。
「ぼくは、森のなかで生まれた。ねえ、カレアおねえちゃん、木はいま、泣いているよ。森にすむ動物たちは、みんな泣いているよ」 カレアは戸惑いました。
「泣いている? どうして…。 私には、そんなふうには…」 フィフは返します。
「森は、怖いんじゃない。森は、何かを失おうとしているんだ」

カレアは、そばにいるシュシュポッセに言いました。
「私と一緒に森の奥へ来て。フィフのことをもっと見てほしいの」
シュシュポッセは、森の入り口で待っていましたが、彼女も森の奥へ入ることになりました。
フィフはシュシュポッセを見るなり言いました。
「シュシュのおねえちゃん、不思議な力があるのなら、この森の奥へ行こうよ。三人で、50年続く森のざわめきを探りたいんだ」
びっくりするカレアとシュシュポッセでした。カレアはフィフの正体に、シュシュポッセは森のざわめきがそんなに前から続いていたことに。シュシュポッセは、フィフに「糸」がない理由がやっと分かりました。

「この子は、糸がない。それは、人間のもつ『可能性の糸』がないから。そう、彼は―――」

カレアは言います。
「フィフ、あなたどうして森の…涙がわかるの?」
「ぼくは、森のなかで生まれた。みんなはぼくを少年とか子どもとか呼ぶけど、ぼくはまだ70歳だよ。人間にすれば7歳くらい」
カレアは、息をのみました。
「あなたは、いったい…」
「―――ぼくは、森の精霊だよ。70歳の、森の精霊さ。森の声も、森の涙も、ロステンバウムが作られるはるか前から聞いていたんだ」

三人は森の奥へと歩み始めます。その前に、フィフは顔を上げて、大樹へ呼びかけました。
「森の主よ、イリードバウムよ、いったい森のなかで何が起きているというのですか? ぼくたちにそのわけを調べさせてもらえませんか?」
その様子を黙って聞いているカレアとシュシュポッセ。カレアはいままで感じたことのない森の声、特に悲しみを帯びた声を感じました。シュシュポッセはというと、フィフの役目にただ感銘を覚えているのでした。
やがて、大樹の幹からぼこっと顔が盛り上がると、三人に向かって話し始めました。イリードバウムです。彼女たちは、背筋が伸びました。
「おお、かわいい我々の吾子、精霊フィフよ。世界には影が潜んでおる。おまえは、その先端を知ることができた…。立派な精霊じゃ」
イリードバウムはもとの幹に戻ると、気配や姿を消しました。どうやら、フィフは決断したようです。

「…ぼくはこの森を離れられない。カレアおねえちゃん、ぼくといっしょに森の影を探そう? シュシュおねえちゃんには他の『影』を探しに行ってほしいんだ。森の声、聞こえる?」
ふたりは、こくんとうなずきました。

 森の奥には、紫の影が満ち満ちていました。フィフは「こんなはずない」、と驚きます。そして、次の瞬間でした。

「やい、ここから出ていけ! その、忌々しい飾りをつくる女…!」

紫の影は、間違いなくシュシュポッセを指してそう言い放ったのです。いま、シュシュポッセは森の命から見れば、異質な存在、部外者です。カレアのように木こりでもなく、フィフのように森の精霊でもない。
…紫の影は、あっという間に去ってしまいました。

シュシュポッセは言いました。
「私は、ここから離れるべきね。カレア、その子のことをよろしくね。私は世界の『影』をみつけてみせる」
シュシュポッセの決意に、カレアは最初は驚きましたが、やがてその決意を汲んだように優しく微笑みました。

幼い頃、父、母から聞いた伝説をカレアは思い出します。

大森林、光と影あり
光は命を育て、影は命を奪う
森弱りし時、影現る
影、声を奪い、心を曇らす
影広がりし時、森は泣かん

「伝説は、本当だったのね…」カレアはしみじみ言ったのでした。

シュシュポッセは、旅支度を済ませて、カレアに挨拶をしに来ました。
「私は旅を続けなければならない。ロステンバウムだけじゃないわ、世界のどこかで同じように『影』が芽生えているから」
森の風が、彼女の髪をそっと揺らします。
「フィフは言ったわ。森ではざわめきがあり、砂漠では砂嵐が強く吹き、湖は枯渇していて、そして人間が住む街はなにも変化はない、と。世界には影がある…。私のシュシュがどれほど役に立つのかしら」
カレアの顔は涙でぐちゃぐちゃ…になりそうでしたが、いまは友を優しく送り出すときです。泣いてなんかいられません。

街の門を出るとき、風がそっとシュシュポッセの髪を揺らします。まるで森が、「行っておいで」と背中を押すかのようでした。彼女は、振り返らずに歩き出します。次なる地、ゴラージュ砂漠へ…。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

コメントを残す