Sa Chouchou (8) / 短編小説


4.未来の糸-前編

 工芸の街、ガヴェンス。
 ガヴェンスには、大小さまざまな職業ギルドが立ち並んでいます。ガラス工芸ギルド、金属加工ギルド、染色ギルド、木工ギルド、聖水を扱う水術ギルド、そして街の中心にある創造ギルドなどなど。どのギルドも、「人間のために、人間が作る」という理念を掲げているようです。
 街を歩くと、どこからともなく木を削る音、金づちのリズム、ガラスを吹く息遣い、染料の香りが漂ってきます。
 街の中央には、「聖水の泉」があります。これは、ガヴェンスの始祖が残した「水の祝福」の名残とされ、どんな工芸もこの水を使うことでより美しく、より強く、より長く保つと言われているようです。

 「聖水の泉」があるガヴェンス第零区画を歩きながらシュシュポッセは、思いを馳せます。

人間は、自分の手で未来を作ろうとしている。ここは、命が動いている…!

 創造ギルドの近くまでやって来た時、広場の向こうから聞き覚えのある声がします。シュシュポッセは思わず駆け寄ります。

 木こりギルドの制服を着たカレアに、商工ギルドの帳簿を抱えたダブリンでした。二人とも、以前より少しだけ大人びた表情をしています。シュシュポッセは声をあげます。
「カレアにダブリンじゃない! どうしてここに?」
 カレアは笑って答えました。
「木こりギルドの視察でね。ガヴェンスの木工技術は世界一だって聞いてさ」
 ダブリンも続けます。
「私は商工ギルドの研修よ。この街の工芸品はどれも価値が高いから…。いつか父さんの工房を立て直すために、学びたかったの」

シュシュポッセの胸が、じん、と熱くなりました。

 それから三人は、菓子職人ギルドが運営する菓子店、ケーイガッセへ行きました。聖水で練った砂糖菓子、木の実を使った焼き菓子、ガラス細工のように繊細な飴、職人がその場で仕上げるケーキ。店の前を通るだけで、甘い香りが風に乗って漂ってきます。

 三人は窓際の丸テーブルに座り、それぞれ好きなお菓子を選びます。カレアは木の実タルト、ダブリンは聖水プディング、シュシュポッセは糸のように細い飴細工のケーキです。みな、宝石のように輝いていました。
 カレアは笑いながら、言います。
「こんなに甘いもの、久しぶりだよ」
 ダブリンはプディングをスプーンですくいながら言いました。
「ガヴェンスってすごいね。こんなに『作る力』に溢れているなんて」
 シュシュポッセは二人の笑顔を、自らが引き寄せた縁を見て感じてひとり感動するのでした。

 そして三人は、自身の「いま」を語り合いました。
カレアは森の仕事、フィフの手伝い。
ダブリンは工房や商いの腕を磨く勉強。
シュシュポッセは冥神を対峙する旅。
 話して笑って、ときどきしんみりして。それは、影の気配が一切ない、本当に穏やかな時間でした。
 三人はわかれ、それぞれ行くべきところに戻りました。

 その夜、シュシュポッセは宿屋の小さな部屋に戻ります。窓の外では、ガヴェンスの工房の灯りがまだちらほらと揺れていました。彼女は机に糸を広げ、深く息を吸いました。

「……編もう」

 シュシュポッセの瞳には、あの、「職人の炎」が宿っていました。糸を丁寧に、丁寧に針に通します。指先が震えるたび、彼女は自分に言い聞かせます。

「…間違いない。このガヴェンスが、旅の終りになる」

 更に夜が更けて、シュシュポッセは夢を見ました。
子どものころの自分が、父のために小さなナップザックを編んでいる、過去ともつかぬ夢でした。父は優しく笑い、そのナップザックを肩にかけて見せました。

「よくできたな、シュシュ。ありがとう」

 その声は温かく懐かしく、胸が痛くなるほど優しかったのです。しかし、夢のなかの父の顔は、暗闇に覆われていたのです。影が、父の輪郭を飲み込んでいきます。そこで、シュシュポッセは目覚めます。彼女の胸のなかに、言葉にできない不安が広がりました。

 朝のガヴェンスは、すでに活気づいていました。職人たちの声、工房の音、聖水の流れる澄んだ音。シュシュポッセは、編んだシュシュを髪に結び、聖水の泉へ向かいます。
 聖水の泉は、表面こそきらきら光を跳ね美しいけれども、その奥底では、確かに、昨日よりも濃い濁りがありました。この街にも、冥神の影が近づいていたのです。シュシュポッセは、泉の前に立ち、静かに目を閉じます。そして、再度、対峙する光景を思い浮かべます。その光景も、ガヴェンスの朝の空気に溶けていきました。まるで、人間の営みが、ひとりのひとを支え融和するかのように。
 しかし、現に影を一度垣間見たシュシュポッセは、すぐさま異常を感じ取り、言います。

「…これではいけない。これでは、この街の人間たちが…みんな影を抱いてしまうことになる」

 ガヴェンスの人々は、自分たちの手で未来を作ろうとする強い光を持っている。だからこそ、影に付け込まれれば、その「可能性」はことごとく奪われてしまうだろう。強い光ゆえに、彼らはぶれやすかったのです。
 シュシュポッセは、胸の奥が冷たくなるのを感じました。

 聖水の泉は、ガヴェンスの北にあるクルス低山から流れています。

「泉が濁るのは、その源流になにかが起きているということに違いない」

 そう思って、シュシュポッセは自分で編んだシュシュをきゅっと結びなおし、決意を固めたのです。

「行こう。聖水の影を確かめなきゃ。冥神の影がここまで来ているのなら」

 ふと、ガヴェンスの街を振り返ります。カレアは木こりギルドへ、ダブリンは商工ギルドへ、そして自らは、冥神と対峙するための道へ。

 シュシュポッセは、クルス低山へ続く石畳の道を踏みしめます。

「この街を、守らなくては」

 その決意は、朝の光より強く、静かに燃えていました。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

コメントを残す