一瞬の出来事だった。瞬間的に見えた「白と黒の世界」は、強烈に隼人の網膜に写された。彼は立ち眩みを起こしたが、なんとか持ちこたえ、書籍棚の側についている手すりにつかまった。
「パン屋にいこう。ちょうど空腹だし」
書店をあとにし、隼人は北斗市にある開店したてのパン屋に向かった。世の中は、ふんわりとか、もちもちとかという食感を求めているらしい。なかには、とろふわというものまであるらしい。隼人の朝食は、どちらかというと和食になることが多かった。山盛りになった湯気だつ白米と、規則正しく切られた豆腐とワカメが具のみそ汁と、サバの味噌煮が定番の朝ごはんだった。だから、パンのことはあまり考えなかった。大学三年のときにラテン語の特別講義を受けるまでは。
隼人が大和志向から西洋志向に移るのは、専攻が物理学という時点でもはや必然的だったのかもしれない。彼はラテン語を学び始めるまで世界史には疎かった。ラテン語を習熟した現在でも、彼が知っている世界史は場所・時間的に限られたものだった。古代ローマと、二十世紀初頭物理学の目覚ましき発展の舞台となるヨーロッパについてだけだ。隼人は動詞や名詞の変化表を作り、熱心に勉学を始めた。
そして十年の月日が経った。彼はアルファベットの羅列を、まるで美術館に飾られた絵画のように鑑賞した。アルファベットのたかだか数文字の羅列でも鑑賞に値する。ましてや、ラテン文学など畏れ多くて読めなかった。
「読んだらいいのに」
特別講義で彼と席を同じくした女子学生、真衣が、たびたび手紙で薦める。彼らは十年も文通をしているのだ。人文学部だった真衣は、今は地元の神社で巫女をしているという。
「どんなのがいいんだろう」隼人は迷っていた。「読むとしたら、長く壮大で読みごたえのあるものがいいな」
「なら、ウェルギリウスの『アエネーイス』なんてどう? 長く壮大で読みごたえがあると思う」
この時、どうして真衣がアエネーイスを薦めてきたのか、隼人には分からなかった。しかし、真衣の言葉を頼りに彼はアエネーイスを深く読みこんだ。
開店したてのパン屋に入る。店に入る前から、いい香りがすでにしていた。多くのひとがそうであるように、彼もまた、嗅覚で来店したのだ。理由なんてない。いいにおいがするからパンを求めるのだ。いいにおいを感じるからパンを求めるのだ。生きているからパンを求めるのだ。
隼人は、それがごく自然なことになっていた。いま食べたいものにありつける時を、何よりも大事にしていた。
数学談義だって、ラテン語鑑賞だって、ブライアン・グリーンだって。
いま、生きていられるからこそ熱中できることなのだ。