君の声を聴きたくて

精神的に疲労していることが考えられる。

動画サイトには発売されたばかりのゲームの感想・レビューが投稿されている。例えばYouTubeへは訪れようとは思えないし、実際に訪れないようにしている。私は自分の感覚を大事にしていたいから、そういう好き放題言い散らしている投稿などを見たくはないのだ。楽しみを殺ぐものには、触れたくはない。今の私は楽しみで生きているようなものだから、一層そういうものは見たくはない。

「楽しみにしているものがあるんだ」私は言った。凛は両手を握りしめて、

「楽しみにしているものがあるのね」と私の言葉を反復した。凛は大学三年生で、私と同じゼミに属している。あまり自身のことをしゃべらない私を見かねてか、凜は今日は講義がないからと私をカラオケに誘った。二人だけの空間、カラオケとはいうものの静かな空間を私たちは共有している。平日の昼間、この時間帯はすいているようだ。凜は、黙って私が話すのを待っていたり、最近何かあったのとたまに聞いたりしてくる。それも、笑顔で。

「あの、」私は思わず、「なにか歌わないのかい」と聞いてしまった。

「あなたが歌わなければ、私は歌わないわ。今日はずっとあなたのそばにいたい」

いつものゼミでは、凜はこんな献身的というかそんな風ではない。いつもは自分の意見を曲げるのを嫌い、自分道を貫く女性だ。どちらかというと他人の話を聞くことはないひとだと私は思っていたので、凜のこの今の態度はかなり異様に見えた。

「じゃあ、一曲歌わせてもらう。河村隆一の『glass』」私はマイクを手にし、とろける準備をした。曲が始まっても、凜は私の方を見続けている。普通は歌詞が流れているモニタを見るものだが、彼女には何が起きているんだろう?

歌い終わった後、凜はユーミンの「守ってあげたい」を入れた。

「凜、一体どうしたんだ」私の口からこんな自然なことが出るなんて、と自分でも思うくらい不思議だった。ただ、無口な男と一緒にいたいという凜のことが気になってしょうがなかった。歌い終わった凜は、「理由なんてない。あなたのことが聞きたくてカラオケに誘ったんだから。それより、ねえ、最近疲れてない? 昨日のゼミではあなた、下ばかり見てた。ずっと心配だった。たまにはこういう風にリフレッシュしないとだめよ」

リフレッシュ、か。そういえば私は最近ゲームばかりしていた。部屋に閉じこもって一人でゲーム世界に没入していた。親しいひとと一緒の時間を楽しむことはしていない。

「しっかりと自分の感覚を大事にするって、すごく私は尊敬できる。ただ周りの人に流されて自分の意見を持てないひとよりいい。すごく素晴らしいことだと思う。そんなあなただから、そんなあなたのことを聞きたくて今日カラオケに誘ったのよ」

「昨日、ゲームのなかでさ、」ようやく私は口が回ってきた。身近に凜のようなひとがいて助かった。自分の「楽しい」と思うことを、素直に親しいひとへ言うことができることを大事にしよう。

凜は、うんうん、と頷いて私が話すのをうながした。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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