Dyperilの瞳

コードネーム:dyperil
年齢:34

いまだけの名前を渡されて、私は夢をみる。
美しい街、華やかな路。いつかこの街を出て行く時が来るけれど、そうしたくはないと心から思う。

…そんな街があったらどれだけかいいのに。もう私の物語は始まっている、理想を追うのは、もう、やめよう。

指定された喫茶店「カスク」へ行った。指定された席へ座り、指定されたものを頼む。そして、指定された人物が座り、「取引」が始まる。

「ここの居心地はどうだ、dyperil」
男はニヤついて腐りかけの息を吐く。そうしてタバコを灰皿へと乱暴に投げ捨て、新聞を取り出した。「New Star Det」紙第1面には、遠い国で行なわれている戦争、大科学者の訃報について書かれてある。全部、指定された通りだった。

「すごく心地いい。けれどバニラよりミントがいいわ、frail」
男の名前は、フレイル。私は指定された言葉を投げる。ボスから伝えろと言われた、よく分からなくて意味のない言葉。だいたいバニラよりミントがいいからなんだというの?

「それでいい、おまえはそれでいいんだ」
フレイルは、指定されていない言葉を使った。これでは…取引がだめになる。そう言った場合の言葉もきちんと「用意」されている。

「ウェザークロックの街にはいつ行くの?」
フレイルは一瞬凍りついたようになった…のが新聞紙の裏からでもよく分かった。彼はたぶん、頭のなかが真っ白になっているだろう。

「明日の…、10時に、だ…」
今日の取引は、残念ながら失敗。もうこの男、フレイルには用はない。私はこちらの「品」を持って帰ることになった。カスクは、本当にすごく心地よい喫茶店だったのに。

デュペリル、デュペリル…。もうこの名前もおしまい。今日の名前を捨てて、私は次の名前をもらいにボスの元へ帰る。
帰り道、一羽の雀の死骸が路の真ん中に落ちていた。死骸は脂で満たされ、ごわごわしていた。だけど、私にはこの雀が未来の私の姿だと思わずにはいられなかった。

―こんな汚い街で飼い慣らされて、指定されたもので動く私の翼は…とっくの昔にもがれ、飛べなくなっていたのだ―――

雀を郊外にある廃教会そばの土に埋めた。

「dyperil。どうしたお前」


ゴドフレイ、どうして彼が…。ゴドフレイは私の…。

「frailとの取引は失敗したんだってな。どうしてここにいる? ここは街のなかじゃあいくぶんきれいな場所だぞ」
雨が降り出した。
「どういうつもり」
「どうってことはないさ。ただ、お前が泣いているからここに来ただけだ。dyperil、お前を埋めにな」

世界は狂っている。明日の「New Star det」紙の第一面は、組織の解体の話題で埋めつくされるだろう。それだけ、今日の取引は重要なことだと末端の私にも理解できている。

けど…けれどね、私が今日見てきたものは―dyperilの瞳に写ったものは―、確かなことなのよ。いわせてもらえば私の真実は、確かな私だけのものだった。

さよなら、dyperil。
銃声の後、私は冷たくなった。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

Dyperilの瞳」に3件のコメントがあります

  1. ああ!読み間違えていました。。

    恋していたわけではなさそうですね。。💦💦笑

    操られていた女性が自らの意思で組織に反抗したお話ですね。。!!✨

    この主人公の方が、これまでみてきた景色が気になります!!

    いいね: 1人

    1. ぽっちさん、コメントありがとうございます。
      私事で忙しく、コメント返信できずにいました。

      この投稿は、30分ほどで完成しました。なんだか久しぶりにハードボイルドのようなものを書きたくなって、気付いたら書き終わりました。そうですね、いろいろ解釈のし甲斐があると思います。謎の組織のこと、ぽっちさんのおっしゃるように「dyperil」のみてきた景色・背景、フレイル・ゴドフレイとの関係、雀の死骸の意味、そして最後に、主人公に投影された私自身のこと…。なんだかあとから考えると、いろいろ自分のことが分かってしまう投稿でした。
      たまには、こういうのもいいかな、と思いました。チョコレートのような甘く苦い恋物語から、近未来のシャープなSFまで、いろいろ書いてみたいと思います! 創作の限界は無限だと思います。いろいろな世界のことを書いて、自分を広げていきたいと考えています。ひょっとしたら、宇宙の外へ行ってしまうかもしれません。

      いいね: 1人

lute369 への返信 コメントをキャンセル