波間にあわせて

「月のかけらが―――ほら!」
彼は今日も両手のひらにいっぱい載せて、私に見せて、言う。
「今日もたんまりね。今日の<海>はどうだったの?」
「うん、<うみ>は今日も静かだった」
「それじゃあ、また私と砂浜でデートね?」
「そうだね、おねえちゃん!」

意味深な書き出しはできないけれど、私には思い出がある。願い、もある。つらつらと言葉の羅列も、難しい数式も、もちろん愛の言葉も、言うことはできる。けれど、彼の前では、そんなことは―――言えるわけはない。遠い昔に、私が愛したひとの子どものときに瓜二つな彼だ、としても。

彼は、たたたっと砂浜を駆けてゆく。何も知らない、この世の穢れも知らないままに、砂浜に足跡を残してゆく。私もそうして駆けたい気持ちだった。

あら、と思わず声が出てしまった。私は二羽の渡り鳥を見かけた。仲睦まじく、二羽そろって、寄り添って、海のほうへ視線を投げている。あなたたち、これからどこにいくの? そんな風に自然に私は思う。
渡り鳥は、やみくもに飛んでいるわけはない、きちんと目的地があって飛んでいるのだ。ひとみたいに、やみくもにどこかに行ってしまうことは…決してしないのだ。

流木に躓きそうになった。たくさんの色をした貝殻をみつけた。<海>の音を…打ち寄せる波の音を聞きながら、彼に追いつこうとする。時間は夕方だった。

ところが彼は、遠くのほうでなにかを拾い、私のほうへ向かって走ってきた。

「どうしたの?」
「おねえちゃん、みてみて。石だよ。拾ったんだ!」

その石は、なんの変哲もない、どこにでもある、そんな石だった。それでも、それは今日の彼にとっての―――かけがえのない宝物なのだろう。私との思い出も一緒に宝物にしてくれたら良いのに―――とさえ思ってしまった私は、欲張りだろうか?

黄金色の浜辺では、誰一人いない。世界は、私が感じ得る全てだった。<海>は、私にとって、忘れられない場所だ。

はしゃぐ彼に、私は言った、
「私も拾ったのよ、この<海>で、いちばんきれいな貝殻」
「どれどれ?」

「はい」、と私はかがみ、彼にキスをした。一日の内でいちばんうつくしい時間で、世界でいちばんうつくしい場所で、彼とデート。あげられるものなんて、これしかないもの。ちょっとまだ先だった、早すぎるプレゼントなのかもしれない。だけど、こういうのもありじゃない?

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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