A ROCK ON TODAY

私には音楽の詳しい話は分からない。ましてやロックだなんて、畑違いも良いところである。今回の投稿の題名に”ROCK”といれたのは、かなりなんとなくである。しかもこの題名は、この英語は、文法的に正しいのか分からない。だがしかし、私は歌おうとしよう。

簡単に世界を変えようとは思わない。自分から変えればいいとあなたは言うが、そんなに簡単な理論で自分が変わるわけはない。私はもう”疲れた”のである。世界への解釈は、ひとつの絵画を解釈するようにするのである。私は、このようにして量子力学を学び直している。自分の住む世界を解釈し直しているのだ。

ひとつの玉ねぎがあるとしよう。玉ねぎ自体に関する食物的知識は、私は持っていないに等しい。しかし玉ねぎの構造は知っている。薄い皮をむけば、少しだけ小さい玉ねぎが現れる。また皮をむけば、少しだけ小さい玉ねぎがまた現れる。むけばむくほど中心に近づく。

しかし、あなたは皮をむくたび、より大きい玉ねぎを見出している。

むくたびに大きくなる玉ねぎとは、いったいどういう玉ねぎだろう。

すこし数学の言葉で言おう。

球の中心に近づこうとすると
中心から遠ざかることになる写像はあるだろうか。

私は、そんな矛盾にも思えるようなものを求めている。

量子力学の話にすこし戻ろう。

内部に構造がある粒子について、ひとつ興味がある。それは前述の玉ねぎのような、薄い球殻を持った”粒子”だ。粒子というからには、大きさをある程度無視することを考えている。しかし大きさがない粒子だなんて想像できるだろうか?(そもそも質点とは? 「質」量とは? 解析力学を学んでいるころからずっと疑問だった)。

私の言っていることは、見当違いかもしれない。しかしそのとき、「見当」とはなんだろう?

もはや、「普通」とか「常識」などというものはない。物理学には、もうそのようなものを設ける必要はないように思える。玉ねぎの皮をむき続ける、そんな力を持て。既存の考え方にとらわれるな。考えは自由であれ。

今日も、世界を揺らし続けるのだ。

投稿者: lute369

生きている限り、学ぶこと。それが私のすることです。 Dum spiro,disco.

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