―――ぼくと木元さんの物語は始まったばかり。今日は、ぼくらを作った、KdVというひとが、ぼくらの物語の続きを語ってくれるそうだ。もちろん、物語の続きには読者それぞれのものがあり、作者はその物語に触れることはできない。あるいは、全くそんなことを考えない読者もいるかもしれない。しかし、KdV氏は、まるで未来を淡々と語る占星術師のようにぼくらの前にふと現れ、そして消えていった。
ふたりは、蒼木君と木元さんは、気象学クラスが終わっても友だちのまま、お互いを過ごしていた。喫茶店ウィンドミルでお互いのことを話し、空を共有し、そしてこれからどうするのか、どうしたいかを話した。蒼木君は、アメリカの大学で総観気象学を学びたい夢がある。木元さんは、蒼木君のそばにいながらにして段々と「文章」によって一般市民と研究者との間を縮めることを学びたいと思うようになった。これは、彼女がSNSをやり続ける動機にもなった。
「在り処」の5番テーブルで、ふたりは語り合った。自分たちのこと。相手のこと。そして、ふたりのこと。蒼木君は26歳の大学院生、木元さんは20歳の大学生だ。そのくらいの歳の男女だと、もしかしたら、情熱的な思いに浮かされて羽目を外すことがあるかもしれない。しかし彼らは違った。お互いを尊敬し合い、理解しようと努めたのだ。お互いの弱さを、将来への迷い・不安を語りあった。自然に共有し合った。5番テーブルは、いつしかふたりの大事な、とても大事な場所になっていた。
やがて蒼木君の夢が、現実になった(私、KdVは強くそう願う)。つまり、渡米して研究機関に配属されることになった。彼の渡米の話を聞いて、応援する木元さんには、もちろん寂しさもあった。「わたしもがんばらなくちゃ」。状況は、言うなれば「耳をすませば」のあのふたりと少しだけ似ている。しかし木元さんは、しっかりと夢を打ち出していた。数日後、木元さんはウィンドミルで蒼木君に語る。
「科学コミュニケーションを学びたい」
彼女も、アメリカへ行く決意があったのだ。これは、「蒼木さんが行くから私もついていく」というレベルではなく、自分の夢をかなえるための道がアメリカにある、偶然に蒼木さんと並走している、ということだった。科学コミュニケーションは、もちろん多言語で世界中の相手と関わることだ(と私、KdVは理解している)。最低限、英語のスキルは必要だ。それに専門の知識も必要だ。木元さんは、SNSを通じて「伝える意義」を考えていたのだ。
やがて、ふたりは渡米する。アメリカでふたりで暮らすことになった。共同生活だ(アメリカで学生二人が共同で生活する手段・方法を私、KdVは知らない。しかしそうなって欲しいと強く願う)。その生活は、ふたりの関係を静かに、しかし確実に深めていった。朝のコーヒー。それぞれの課題。ベランダから見えるアメリカの空。SNSでの共同発信。互いの専門を尊重し合う日々。
アメリカでのSNS投稿は、空の写真から専門的な解説へ、そして企業や教育機関から声がかかるほどまでに発展していく。ふたりは「共同プロジェクト」を発信していった。ふたりのSNSは、ふたりの成長そのものになったのだ。
一方、ふたりの「愛」はしっかりと育まれていく。いつまでも「友だち」ではない。アメリカに来て一年ほど経った頃、ある夜、蒼木君と木元さんは同じソファに座る。蒼木君と木元さんは研究で疲れていた。アパートのリビングで静かに向かい合うふたり。
「蒼木さん、今日は…大変だったんですね」
蒼木君の胸の奥がふっと緩む。
「うん、でも、木元さんの声を聞いたら、少し落ち着いた」
木元さんは静かに微笑んで言う。
「わたしも、蒼木さんが帰ってくると安心します」
ふたりは、同じソファに座り、しばらく言葉もなく、ただ隣にいるだけの時間を過ごした。その沈黙は、ふたりにとって心地よいものだった。やがて蒼木君は、ゆっくりと木元さんのほうへ身体を向ける。
「木元さん」
声が少し震えている。木元さんは、その震えの意味を理解して、静かにうなずく。蒼木君は、言葉を選ぶように、一呼吸おいてから言った。
「ぼく…木元さんのことが、とても大切で…その…」
言葉が途中で止まる。しかし木元さんは待った。蒼木さんは自分の言葉で言おうとしているのを知っているし、それが「まっすぐ」なものであることも知っているから。蒼木君は、目をそらさずに続けた。
「愛している。木元さんのことを、心から」
その言葉は、大きな声ではなく、夜の静けさに溶けるような深くて柔らかい響きだった。木元さんは、その瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じた。涙が少しだけ滲む。でも泣くのではなく、静かに笑った。
「…わたしも、蒼木さんを愛しています」
この言葉は、木元さんが初めて自分の気持ちを「まっすぐ」に言葉にした瞬間だった。ふたりは手をそっと重ねた。その瞬間、ふたりは完全に「人生のパートナー」になった。世俗的な「恋人」という感覚はふたりのあいだにはなかったのだ。
私、KdVはここまで想像すると、「もうこのふたりは自分の書けない範囲まで成長している」と感じるようになった。さびしくもあり誇らしさもある。書いていた頃は、「蒼木君にはこれを言わせなくちゃ」とか、「木元さんにこれを言わせたら蒼木君はどうなる?」とか、試行錯誤や作っている感がした(それは物語を書く身としては当然の喜びであり義務…のようなものでもある)。しかし「人生のパートナー」になったふたりは、私が「こう動かそう」と思って動くのではなく、ふたり自身の意思で進む方向が自然に見えてしまう。言うなれば、私は彼らの行動をスケッチしているだけになったのだ。作者の庇護のもとにいる存在ではなく、自身の人生を歩く大人のふたりになったのだ…そう、まるで親離れのような。
作中のふたりが自分たちで歩み出すということは、もう彼らは「私の書けない範囲にいる」。彼らはどう考え、どう行動し、どう生きていくか。それはもう私には書けない。私が、彼らのことを尊重する立場になった。あのときの子どもが、立派に大人になった、と感じる。そういう意味での誇らしさである。
私は書いていて思った。これも、「みそらの歩き方」ではないか、と。
―――KdV氏はこうして意味ありげな言葉を、よくわからない言語で話し、ウィンドミルを出て行った(彼の分まで、ぼくは勘定しなければならない)。ぼくには、彼は創作について極めて重大な気づきをしているのではと感じた。言語が分からなくても、そう感じるのだ。やがて木元さんは、KdV氏が残したペンに気付き、彼を追おうとした。
「KdVさん! 待ってください!」
しかしぼくは彼女を止め、こう言った。
「いや、彼はきっとぼくらにこのペンを託したんだ。ぼくらが自分たちでそれぞれの人生を書くことができるようにね」